学費援助の募集について思ったこと
今回の問題はいろんなところで語られているので、それを遠目に見ていて思ったこと。
まず、周りの人がなんであんなに罵詈雑言を投げかけたりとか熱狂的支援をしているのかがわかりません。
って言うのも、自分ベースで考えた時に奨学金をもらったことがないからなのかどうかはわかりませんが。
少なくとも、自分で判断すればいいだけの話で、騙した騙された以前の問題があるんじゃなかろうか?ってのが僕の考えです。
僕はあの仕組みを見て「この子がちゃんと大学行ってほしいなー」とは思わなかったから援助する気にはなれなかったけど、もし僕が「この人応援したいなー。」って思う人がいたらできる限り援助すると思うんです。
もちろん途中で規約が変わったとか、表記が変わったとか、変わったのがわかりにくいとかはあるんだけど、それは今回そこまで大きなもんだではない気がするんです。
援助してしまった人は、然るべき行動をとって問題を解決するだろうし、別に援助もしていないのに騒いでいる人はもう少し黙って見ていてあげればいいのに。
なんかネット社会をより良く使おうと思ったらこうなっちゃった事例としては、あまりネットを知らない人に説明すると「だからネットはダメなんだ」って話に直結してしまうような話題ですよね。
それはそれでもったいないと思うんです。
前向きな議論をすれば良い。
僕は援助の募集はあっても良いと思う。(犯罪の温床にはならないとかの検証、仕組みは必要かも。)
もっと自分たちで深く考える必要があるんじゃないかな?
仕掛ける人たちだけの問題とは思えない。
我家の前に落ちていたうんこ(5断片)から考えたこと。
今朝仕事に出かける僕らと、登園する息子は、トラップに引っかかりそうになりました。
息子とかはむしろ自分からトラップに引っかかりに行こうとしていました。
登園前なので、ちょっとやめてもらいました。
その後一度家に帰り、うんこを片づけました。
隣のおばさんと「うんこに対する怒り」を共有できたのが財産です。
あのうんこ、多分犬か人のどちらかの排泄物だと思うんですが。
Q1:何故我が家の前にうんこが5つも落ちていたか。
1.飼い犬がうんこをしたんだけど、飼い主がそのままにした
2.僕を嫌いない誰かが嫌がらせをした
3.野良犬、又は人が耐え切れずうんこした
4.実はうんこに見えて、アートとして誰がかが設置したうんこに似た物質だった
「1.」の場合
人間は退化しているのでしょうか?若干駅前の自転車の違法駐輪と同様の悲しさを覚えます。
人の家に前にうんこ落として行くことで得られるものはなんでしょうか?
・優越感?
俺の犬、うんこしたったぜ!
・満足感?
俺の犬、うんこしてすっきりやで!
・充実感?
俺の犬、うんこ5個もおとしたったんやで!
「2.」の場合
ソーシャルメディアの発達によって、個人の情報(いわゆる法律的な「個人情報」じゃないっすよ。)が簡単にわかるようになりました。僕の家も特定される可能性はあります。怖いですね。
なんで嫌がらせにうんこを使ったか?
・うんこは皆きらいだろうという推測から
→そうとも限らないんだぜ!
・うんこをわざわざここまで運んできた優越感に浸りたかったから。
→かってにやればいいんだぜ!
・そこにうんこがあるから。
→お前はジョージ・マロリーか?(参照)
ま、普通に考えて嫌がらせではないと思います。
「3.」の場合
耐えられないことって人生で沢山あります。
犬にもあると思います。
なぜ耐えられなかったのか?
・耐えられないことに理由はありません。
→学校で先生に怒られる時のようだな。こういう時の理由って本当はないに等しい。
「4.」の場合
我が家の事をよくリサーチしている人の仕業だと思われます。
「2.」に近いけど、こちらは愛が感じられる。
僕はうんこというキーワードが好きだし、妻はアートとか見に行くのが好きです。
うんこに似た物質は何で作られたのか?
・カレー
・ウンコ味のカレー
Q2:今後我が家で取るべき対応は?
1.うんこを愛して受け入れる。(共存)
→無理。うんこが好きなわけではない。
2.徹底的にうんこと戦う
→無理。勝てない。
3.諦める
→無理。人生を諦めたくない。
ってことで、書くの疲れてきたんですが。
我家の前にうんこ置くの、やめてください。
一応議論が収まってきたので虚構新聞の件
橋下大阪市長がtwitterを小学生に義務化って話があって、それを信じた人が沢山いたんだけど。それが嘘で怒ってる人がいるっていう話。
個人的な意見としては、別に虚構新聞に騙されたっていいんじゃない?って思うわけで。
別に後で嘘ってわかるわけだし。
僕も騙されたことあるんよね。まじ?って。
特に社会が混乱するような記事もないしね。
そりゃ今だったら原発とか地震のネタとかを扱ったら流石に皆混乱するだろうし、そういうのは虚構新聞どうこうじゃないよね。
流石にそこのラインは超えていないと思うわけです。
特にtwitterとかで広がった時って「虚構新聞」って文字がぬけて広がるパターンが多いから。
で、そこで本当だって思い込むってことで。
騙されやすい構造が出来上がっているのは確かなんだけど。
で、そこで騙されたからって怒ることはないんだろうな?って思うんだけど。
だって実際ネット上では問題になっているかもしれないけど、ネットやってない人にとっては知らない話題だろうし。
話題にしている人たちって、実はそこで騙されたって大した影響ないような人だろうし。
その情報が正しいかどうかって調べりゃわかるじゃんってんこと。
調べるすべを持っている人立ちが騙された。
そんだけ。
ま、確かに今回の場合、大阪市は対応に追われたかもしれないから、それはかわいそうって言うか。そういうのも含めて今後の自治体の広報のお仕事なのかもしれないなって思ったぐらいです。
おばちゃんの衝撃行動をみて、僕は怖くなりました。
僕は別にいつもまじめに生きているわけではありません。
あしからず。
休日の荻窪駅南口は、自転車、自転車。いい加減してほしいんだけど。
一昨日ちょっと電車で外出して、戻ってきました。
バギーに息子は寝ている状態。
最近重くなったんで流石に階段を持ってあがるのも大変になってきたんです。
で、普通にエレベーターで上がってきたんだけど。
エレベーターを上がったところに、人が待つスペースと人が下りるスペースが既にない。
目の前まで自転車止めてるのね。この時点でどうかと思うんだけど。
歩くのがつらそうなお爺さんに「すみません」って言いながら場所を譲ってもらいエレベーターから降りたんです。
で妻と「流石にこの自転車たちはひどいね。」って話をしながら歩いているところに、一台の自転車が。
おばちゃんが駐輪しようとしていたんです。
僕は思わず「おばちゃん、あそこに駐輪場あるし、そこは点字ブロック上だし。止めたらだめでしょ。」って言ったんです。
そしたらおばちゃん「でも、しょうがないじゃない。」。。。。?????
耳を疑いましたよ。はっ?「しょうがない???ってなんですか?」
「しょうがないじゃない。しょうがない。」
そのままおばちゃん自転車止めてどっか行っちゃったんです。
確かにそのおばちゃんが止めようが止めまいが、既にテンジブロックの上は自転車で覆い尽くされていましたよ。
でも、指摘されたときに悪びれもせず「しょうがない」って。
日本はどうなるんだろうか。
あのおばちゃんが足腰立たなくなったときに、どういう主張をするんだろうか。
正直怖い思いをした気分でいっぱいな連休中の出来事でした。
全日空の飛行機の中でのおかしな出来事
先日ちょっと旅行したんだけど。
帰りの飛行機での出来事。
うちの子2歳だったんですよ。2歳まで飛行機って無料なんです。
席を取らなければ。
客室乗務員がやってきて「こにちわー。飛行機はじめて?あら、そんなに乗ってるのね?いくつ??」って。
息子はもじもじして年齢を答えなかったんです。
その後違う客室乗務員がやってきて「こんにちわー。飛行機はじめて?あら、そんなに乗ってるのね?いくつ??」って。
あれれ?さっきと同じ質問内容。
マニュアルがあるかのごとく。
真相はわかりませんが。
まぁ、たしかにうちの子ちょっとでかい。
正直、もう膝の上で飛行機乗せるのはキツイなって思ってたぐらい。
だから疑われてもおかしくはない。
優先搭乗の時も、ちょっと視線を感じないわけでは無かった。
でも嘘はついていないわけだし。
前の席の女の子(多分3歳以上)にはもちろんそんな質問してなかったしな。
もしかしたら疑わざるをえないぐらい、不正をおかす乗客がいるのか。
それとも、まったくたまたま同じ質問をしたのか。
それとも、疑いとかではなく子供を見た時に話しかけるマニュアルがあるのか。
次回の登場時には確かめられないのが心残りではある。
ちょっと面倒くさいサービスができるかできないか?
本業以外の仕事は、結構面倒臭いものです。
でも、お客さんが望んでいることって自分たちが思っているより広くて。
お金をもらえる部分は狭いんだけど、そこにお金を払ってもらうために必要なこと。
で、それをメインにやってしまったら当然ながらお金はもらえないんだけど、面倒臭い事すべてを断るのは得策じゃないわけです。
お客さんも実はわかっていて「ダメもと」でお願いしている場合が多いので、希望に添えないけど、私たちならこれができますという提示ができるかどうか?が鍵ではないかな?と思います。
面倒臭いに代わりはないんだけど、その行動がお客さんに与える好印象は計り知れないんです。
まずは「できない」と考えるのではなく、別に自分たちができる方法を考えて回答する。
これって結構練習が必要なんですよね。頭の体操です。
これも慣れれば武器になる。
少しずつ頭を鍛えてみるのも悪くはないです。
SNSばっかりやってないで。
車を運転する責任について
ちょっと考えないといけないこと。
車を運転している人は、全然偉くないってこと。
運転していると歩行者が邪魔に感じたりするみたいだけど。
弱者優先が交通ルールの基本です。
まず、みんなスピード出しすぎ。
アクセルふかしすぎ。
ブレーキ遅すぎ。
車の性能が良くなったって言うけど、そんなの関係ないんです。
アクセルふかしたって、進む距離あんまり変わらんよ。
時代がそうなんですよ。
車の量が増えて、昔のような走り方は許されない時代なんです。
僕ね、そもそも資格取得については、そろそろ精神面とかそういうのを測っていく必要があると思うんです。
方法は知らないよ。
もちろん資格だけの話じゃない。
家庭でのしつけとか挨拶とか。結局そういうところに綻びが見え始めているってことです。
自転車の運転もそう。
左側通行なんですよ。理由が有るんですよ。
やっぱりね、便利な時代なんだけど、それには理由があって。不便になっている事もたくさんあるんです。
どこかで僕たちは我慢っていうか、お互いの尊重っていうか。
考えて行かないといけない時代なんだよって。
自分の息子や兄弟、妻、夫。
交通事故で”殺される”わけですよ。
車は人を殺す可能性があるってことを、しっかり考えて行かないといかんのではないかな?って思うんです。
視覚にうったえる文字情報は?
僕はプレゼンテーション資料作りが苦手で困っている。
「何を伝えたいかが整理できていないんじゃない?」って言われるけど、その通りなんだろうね。
人が作った資料に対してはいろいろ言えるから、自分を客観視するのが苦手、嫌なんだと思う。
ま、それは置いといて。
最近2つの紙媒体を見ながら思ったこと。
情報満載の資料はなかなか読まれない。
1つは新聞の折込広告。
2つ目は地域に対する広報資料。
ともに伝えたいことは満載なんだけど。僕はその資料を作った人との関係上一応はちゃんと中身まで読むけど、普通に渡された人は殆ど見ないだろうなって思うし、ましてや新聞に挟まっていたり街の掲示板に貼ってあったりしたら絶対みないなーって思ったんです。
で考えたことを書きます。
人が認知するまでの時間軸を考える。
伝えたいことを考える時必要なのはターゲットと時間軸なんだろうなって思うわけです。
ターゲットは定まっていると仮定した話です。
時間軸。認知してから行動に移るまでの時間をしっかり考える必要が有るわけです。
今からつくる資料はターゲットになる受け手がどの状態にいるのか?を考えましょう。
ターゲットの状態に合わせた内容を吟味する。
今回見た資料。
新聞広告は「購買」を促したい広告でした。
広報資料は「認知」を促したい広告でした。
まずはそこに合わせた内容を煮詰める必要がある。何を伝えたいか?
で、それを考えた上で資料を作るわけです。
とにかくここで「欲張らないこと。」
伝えたいことをできるだけ簡潔にするように努力しましょう。
視覚に訴える文字情報〜文字量を減らす〜
もちろん広告代理店に任せられる予算が有るのであれば良いんだけど、そんな予算なんてどこにもありません。
自分たちで考えるしかないんです。
その時一番気をつけないといけないのは「視覚に訴える文字情報」なんだと思います。
もちろん絵で訴える方法も有るとは思いますが、こればかりは得意不得意があるんですが。
文字は誰でも使える強力なツールなわけです。
で、僕らで出来る「視覚に訴える方法」は一つしかないなと。
それは「文字量を少なくする」ってことなのかと。
伝える側ってどうしても説明したがるんだけど、受取手は想像力が豊かなわけで。
そこを考慮した文字情報を考える必要があるのかな?って思いました。
プロと勝負する必要はないと思います。プロのクウォリティが欲しい時は、素直にプロに頼んだほうが良いと思います。
ただ、その前にできることをしっかり考える練習が必要だし、まずはそこがスタートです。
The Band 、Levon Helm について
僕のフェイバリットはやっぱりザバンドなわけですよ。それはね、やっぱり変わらないんですよ。
で、何が素晴らしいってすべてなんですよ。
今朝リヴォン・ヘルムが亡くなったって言うニュースがタイムラインに並んでて、ああ、そういえば数日前Twitterでもなんか見たなぐらいに思ってたんです。
もちろん悲しかったんだけど、ま、すでにリチャード・マニュエル、リック・ダンコはこの世にいないわけだし、71歳だししょーがないよねーって思ってたんです。
で、ちょっと時間を置いて考えたんだけど。僕が音楽を続けたいって思った大きな要因は、やっぱりザバンドなわけで、その中でも二枚目のブラウンアルバムを聞いた事が大きくて。そのアルバムの中の「The Night They Drove Old Dixiedown」と「King Hervest」がやっぱり好きで好きで。
もちろんリチャードもリックも大好きだし。ぶっちゃけ結構聞き込んだつもりでも「えっと、これ誰の声?」とかも思っちゃうんだけど。
上の二曲は、やっぱりビジュアル的にも好きだったし。
映像の中で歌っていたのは紛れもなくリヴォンヘルムだったし。
そんな僕の中で重要な人が亡くなったって事を改めて今日は考えていて。
家にいないからステレオの前で聞く事はできないんだけど、さっきからYouTubeでずっとバンド聞いてて。
そしたら涙でてきて。妻に「俺ちょっと悲しいわー。」とか言ってみたりして。
ぶっちゃけマイケルジャクソンが死んだ時だって忌野清志郎が死んだ時だって全然ってほど悲しくなかったし。多分ローウェルジョージが死んだ時に彼を知ってたら凄く悲しかっただろうなってぐらいで。
何が言いたいって、ザバンド最高で、でももう生では絶対に見る事ができなくて。
ああ、なんか悲しいです。
今夜はディキシーダウンを何回も聞こうと思います。
がっかりの理由を述べよと言われて困った話
先日とある集まりで、あるWebサービスについて「僕は正直そのサービスを使って自分たちのホームページを作っている団体がいたら、がっかりします。」と言ったんだけど。
そしたら集まった人の中から「あなた、なんでがっかりしたのか理由をちゃんと述べなさい。」って言われた。
正直そのがっかりを人に説明するのも嫌だったし、その言い方も気に食わなかったから適当に流したんだけど。
皆でそのサービスを見てみた時に「別にこれでいいじゃーん!」って人もいたんだけど、僕的にはそれはどうでもよくて。それって人の感性だし。ただ「お前ががっかりした理由を述べよ。」って言われてもね。
仮に自分だけが実物を見た事があって、見ていない人にがっかりした理由を説明するのはなんと無くできますよ。説明しようって気が起きるかもですよ。ただ皆が一同に見ているのであれば、僕ががっかりしたら、他の人は賛同するかわからないしかないですよね。がっかりの理由なんて「かっこ悪い」とかだけじゃないんだからさ。パッと見た時の印象をそんな簡単に説明できんって。
ま、そういう事もわからないっていうか、ちゃんと頭で考えない人がいることがなんか悲しくなった次第です。