今更ですが、数学は面白いんです。


「フェルマーの最終定理」を読了。結構前に買ったんだけど、なかなか読めなくてやっと最近読み終えました。
読み始めたらすぐだった。

サイモン・シンの著書は二冊目。
最初は「数学者たちの楽園: 「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち」

どちらも数学の話ではあるが、数学がわかっていないとおもしろくないわけではない。(もちろん、「数学が好き」で、ちょっとした基礎知識は必要だと思うけど。)
フェルマーの最終定理自体は、そもそもなんの役に立つの?って思われていたところもあるみたいだけど、それをある情熱を持った証明者が8年間こもって研究し、それを解く緒として他の予想や定理を使い、最終的に今まで繋がらなかったことをつなぐことができ、結果的に大いに役に立つって感じ。
これを関係した人たちや歴史と照らし合わせて語られている。

谷山ー志村予想にもしっかりと目を向け、大事な章として取り扱っている。

まさにサイモン・シン自体が科学に対して敬意をもっていることが現れている。

書かれている数学的内容は殆ど理解はできないけど、それでも自分の中の好奇心を駆り立てるに十分な本だった。

さて、今日も頑張る。

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なんでもAmazonに頼るのは良くないですね

Amazonで買い物をする事が多くなってきています。
住んでいるところの近くで買えない物が結構あるので重宝しているんですが、少し気付いたことがあります。

それは、なにもAmazonでというわけでもなく、買わなくても良いものまでかってはいないか?ってことです。
もっと言うと、「自分で努力してどうにかなるもの」も買っているのではないか?ってことです。

もちろん、その努力に対する労力があまりにも大きいものであれば購入するのも一つの手ではあるでしょう。
ただ少し考えただけで、本当にちょっとした努力で解決できることが沢山あることに気付かされます。

そして、その努力は実はその時の労力以上に自分の脳や身体を活性化させることができると思うんです。

目の前の楽にかまけて、成長を怠っている自分が居ることに気づく毎日です。

今日も頑張ります。

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矛盾について

矛盾しているな〜って出来事があったとき、それは自分の考えが浅いのではと少し思うようになってきた。
それぞれの立場で利益は変わってくるわけで、それを許容する心があれば矛盾はそうそう起こらないのであろう。
自分の意見を押し付け気味になってしまう癖がどうもあるので、相手のことを慮る気持ちをもっともちたいと思う今日このごろです。

寒くなってきました。
冬到来ですね。

今日も頑張ります。

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設計図を頭に描く能力

切羽詰まってくると物事を近視眼的に捉えてしまうのは常であるが、やはりどんな状況でも最終的な目標とその過程をイメージしながら作業していく必要がある。
そうなってくると自ずと前提条件をしっかりイメージする必要がある。

人間の能力なんて大したことがないので(もちろんすごい人はいるが)、なるべく前提を整理する能力をしっかりつける、具体的に言うとしっかり文字にしてまとめるなどの作業をしていくほうが、結果的に効率よく良いものができる気がする。

焦る前に整理する。高をくくって目の前の問題だけを解決しようとするとつけが回ってくる。

そのことを肝に銘じて今日も頑張る。

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やり過ぎは良くないかもしれない

何をやり過ぎたかって、昨夜フットサルに行ったんだけど。
どうもこうも身体が動かなくて、最後は少し動いただけで足がつる状態でした。

まとめて運動してもなかなかうまくいかないから、やっぱり毎日少しずつでも動いておかないとだめだなって思ったわけです。

最近フットサルをすることに少し意味付けをしています。
それは、もちろんゲームに勝つとか上手にやるとかもあるんだけど、空間をどれだけ認識できるかを確認しようとしているんです。
ゴールに向けていろんなプロセスがあって、状況によって違っていて。

周りにどれだけ人が居るのかとか、そういうのを見ながら、自分ができることをやろうと思っています。

なかなかうまく行きませんが、いつもと少し状況の違った中で頭を使うのも重要なんだと思う次第です。

今日も集中して頑張ります。

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鉛筆を研ぐ

小学生の時は、シャープペンシルを使い出すまでは鉛筆を使っていた。
鉛筆削りはなかったので、ナイフで研いでいた。
ちなみに鉛筆を研ぐっていうのは、どうやら全国で通じる言葉ではないみたい。
九州のことばなのかな?

最近鉛筆を研いでいる。シャープペンシルも使うんだけど。
墨をするのと同様、少しの時間だけでも集中できるから良い。

自分の欠点としての集中力のなさを克服したいと言う気持ちから始めたもので、なにも欠点だけを克服するのが良いとは思えないが。
すくなくともできなかったことができるようになるといのは成長なわけで。

しかしそんなに人間かんたんに成長できるわけではない。
しかしそこが面白いところである。

本日も頑張る。

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楽しむことを忘れずに

困難なことがあったとき視野が狭くなることが多々あるけど、そういうときにこそ目の前の問題を楽しむぐらいの気持ちがあったほうが良い。

では楽しむってなんなのか?
楽しむという行為は体力がいる。体力は脳の隙間を作る源である。
困難を目の前にしたときに人の脳はその問題解決のためにフル回転するんだと思う。
しかしそのときに問題なのが、問題の側面しか見ることができなくなる。
そうなると一つの考えに固執する。ますます問題解決が困難になる。

だからいかなるときも脳に隙間を与えたい。
脳の能力は体力と深い関係がある。
問題解決にはどうしても体力が必要だが、人間がその時にもっているエネルギーは限りがあるため、そちらに力を使い切ってしまってはどうにもらない。

よって体力を鍛える必要がある。

もう一つ。限りあるエネルギーを効率的に使うために、心を鍛える必要がある。
いついかなるときも隙間を作っておくために、日々心を整える。

なにも全てにストイックにというわけではない。遊び心はストイックとは逆にあるが、これもまた必要なことである。

結局人は心と身体、楽しみと苦しみなど、実はすべてのものが深く関係しあって生きている。

生きるということはこれらを成長させることであり、そしてそれはとても楽しい人間的生き方なのである。

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自分への決めつけについて

決めつけといったら他人に対してとか、自分から外へを連想しがちではあるが、自分に対しての決めつけも重要な問題だと思う。

例えば私事だが、記憶力が悪いと言う決めつけをしている。
これは逆説的に他のことは得意だと思っているにすぎない。

もちろん他のことができると思うことは悪いわけではないが、苦手としていることが果たして本当に苦手なのかを考えてみると、実はそうではない。

苦手なことをよく考えてみると、そのことについてよく考えないからそうなっているわけで、これは逆説的に自分が得意だと思っていることも実はそんなに得意なわけではないと言うことである。

どういうことかというと、苦手だと思っていることは、かならず得意と思っていることの裏にあるわけで、実はその得意と思っていることは苦手と思っていることができていないと得意にはならないからである。

では、自分はだめだなーと思うのは尚早で、得意と思っていることから逆算してみると案外苦手を克服できる事があるのではないか?というのが最近の考えだ。

苦手なことは言い換えると余り好きなことではないことなんだが、嫌いなことを理解することで好きなことをもっと理解できるということにもつながる。

不得手を克服するには、最終的には努力するしかなく、やはり人は努力の生き物なのではないか。

本日も頑張ろうと思う。

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ソーシャルメディアについて

vineが終了らしいですね。

現在facebook、twitter、instagramなどのソーシャルメディアを使っていますが、以前と使い方が変わってきています。

まずfacebookですが、基本的に他の人の情報は追いかけません。
自分のことを少しだけアップするだけ。
たまーに、その人の現況はどうなんだろ?って感じで見てみるだけで。
あまり人の行動を気にしなくなったのかなと思います。

人の行動を気にするって、結局何かに追われている感があるんですよね。
それにそろそろ疲れてきたんで。

twitterは基本的にサッカーの情報を入手するのに使っています。
あとは、特定のネット著名人の情報を入れる。
でもこのネット著名人の情報ってやっぱり偏っているなって感じるんですよ。
ネットを良く見ていた時はこれがマジョリティーだなって思っていたし、同意できるような気がしていたんですが、必ずしもそうではないって思うのは、現在の生活環境も関係するかもしれませんが確かだと思います。

最後にinstagramですがこれが一番良いですね。
単純に写真を中心として。
視覚に訴えるのはやはりわかりやすいし、なんとなく軽いし。

重い情報はいらない=他の人も僕が思う重い情報はSNSではいらないわけです。

ってことは、考えていることはblogにでも書いておけば良いかなって思って、回帰しているってのが現状です。

一番ハードに使っているのはfacebookですが、もう別にそんなにつながる必要性ないんじゃないかな?
もちろんSNSの良い面はありますしが、もっと直接会うとかを大事にしたいと思う次第です。

ってことで、今日も「集中」します。

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自分なりに考えるということ

理解すること

理解とは何か。
まずは事象をしっかり確認して、認識することである。
それが何なのか?
なにが起こっているのか。
わかっていることは何か。
わかっていないことは何か。

そこを整理する。

知識

わかっていないことについては、知識に頼るしかない。
知識の中でわかっていないことを補い、補充する。
するとわかっていないことが少し見えてくる。

ここで言う知識というのは一般的に正しいと思われることである。
理論だったり、公式だったり、法則だったり。

類推・証明

上記知識をつかって、類推する。
事象が証明されることで、また一つの知識となる。

応用

上記では解決できない問題がある。
この時は再度繰り返し上記した方法を繰り返し、試みる。

まだ不完全な気もするが、なんとなく流れとしてはこんなことかな?と思う。
また追加する。

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