「les bleus」(ヤンキーズ)レビュー

待望のヤンキーズのアルバムが届いた。

そして早速聞いているわけだが。レビューなるものを書きたいと思う。先入観なしに。まずは聞いただけで。辛辣に、手厳しくw。

レビューを書く前にヤンキーズについて書いておきたい。

僕とヤンキーズ

僕がヤンキーズを初めて見たのは大学1年生ぐらいだったと思う。今はなき西新JAJAのオールナイトライブだろう。多分出番は一番目だったと思う。目当てのバンドではなかった。

違う大学の学年が上の人だってのはなんとなくお客さんを見るとわかった。当時その大学の人達の音楽が嫌いだった。いや、正直の言うとちゃんと聞いていなかった。若気の至りみたいなもんで、対抗心があっただけ。大学対抗バンド合戦か!w。

おまけに見た目が怖い。とくにべーすのひと。そう山下さん。なんかライブハウスでいっつも酔っ払ってる感じだったし、なんかベースアンプとよく喧嘩してたイメージ。いや、そこにあたってもしょうがないからって思ってたw。そ、だから怖いイメージ。そういうのも相まって、そこまでライブを必死に見に行くってことはなかったんです。でも一曲「こりゃすごい」って曲があったんだよね。それは確か。書かないけどw。だからずっと頭の隅っこに引っかかっていたのは事実。それから大学を卒業するまでは実はずっとそんな感じだった。

大学卒業してからかな、なんかそれまで勝手に抱いていた感情が消えたんだよね。なんか大学とかどうでも良くて、いい音楽は良いなって思い出したし、僕もなんかもっと自由に曲作っていいなって思い出したし。そう考えると彼ら(その大学の人達)も含め、周りに良いミュージシャンが多いことにやっと気づいたわけ。で、少しずつ仲良くなった感じ。

いつの間にか、あんなに怖かった山下さんも一緒にスノボに行ったりできるようになったしw。

文吉さんには、僕らのイベントでDJやってもらったりでお世話になったし、人間的にもすげー尊敬できる人だなってわかったし。みんな実は優しかったw。

現ギターの白石さんは当時エアルースってバンドやってて、このバンドを見たことは僕の中でちょっとエポックメイキングな出来事だったんだよね。本人に伝えたことないけど。多分あの当時あのライブハウスにいた人達は皆思っていたんだと思う。ちょっとしたタブーを軽く乗り越えた感あったし。あと多分勝手なイメージだけど、あのライブハウスにいる人達と向いている方向が少し違ったんだと思う。

ヤンキーズ、どこがすきか

一つ目は、Vo,Gtの文吉さんの世界観は言うまでもないんだけど、ありきたりだけど見た目とバランスなんだと思う。フロントマンに花があるってのは多分どこのバンドも形的にはそうなっているんだろうけど、このバンドはフロントが三人並列感があるんだよね。よくあるVo,Gtだけ一列出ている感がない。ドラムのちゅうやさん(僕は面識ほぼないんだけど)も、後ろからどんと構えている。それってバンドですごく大事。

もう一つが、「哀」が含まれていることだと思う。これは僕の勝手なイメージだし、僕がそういう曲が好きってだけだけど。それも出し方が上手い。「哀」が振り切っているわけではない。つかめない所にちゃんと持っている。見えてはいる。でも届かない。そんな感じ。

アルバムレビュー

あくまでも私的に感じたことを勝手に書いているので、聞く人ごとにいろいろ感じてください。

文章の内容に個人的な責任はとりますが、「いーや、そんなじゃない」って言われても困るんで。

  1. キラキラ
    アルバム一曲目を飾るこのナンバーは、一曲目らしい疾走感とヤンキーズらしい哀愁を兼ね備えている。ここまでストレートなエイトビートの曲はあまりイメージにないんだけど。忘れているだけだろうか。新しい一面が最初の一曲目から聞くことができる。
  2. 光の子
    二曲目もテンション高めな、どこか90年代を思わせるような疾走感。そしてこのアルバムから変わったギターの白石さんの思わずニコニコしてしまうような技が光る。ああ、こういうことするんだって感じ。ライブでどうやるやるのかな?て少し楽しみ。
  3. 哀しみは
    この曲はギターの白石さんが入ったからこそってアレンジ。ここ数年のダフト・パンク、ファレルウイリアムズの流れからなるほどなサウンド。でも文吉さんが歌ってしまえばやっぱヤンキーズ。文吉さんの世界を白石さんアレンジって感じ。しかし良くまぁこんなにちゃんとリズムキープするな。さすがエアルースで機械と戦ってただけある。
  4. why
    ここまできてやっと僕が知っているヤンキーズっぽい曲調だなと。もちろん昔が良いって話ではなくて。ヤンキーズって実は僕はリズム隊のバンドだって思っているんですよね。ちょっと演奏がわ視点だけど、このタイム感って結構出せない。さすがだなーって思うし、多分最初のインパクトは少ないかもしれないけど、最終的に一番すきって思う人多いんじゃないかな?Aメロのギターアレンジ、エフェクターの使い方、多分ハムバッカーのギター使ってるんだろうけど、程よいクランチ気味の音色。僕は好きです。
  5. さくら
    前半最後って感じの曲。文吉さんははレコードコレクターだから、やっぱりこういう構成にしたのかな?しかし、このイントロはびっくりしたな。こう来るかw。
  6. 君はしる
    後半一曲目は、再度疾走感のある曲。これも多分白石さんが入ってからの曲って感じ。Aメロのリズム隊の感じは今までに聞いたことないな。あえて言わせていただければ、この曲調をもう少し突き詰めてほしかったな。そう言うのを聞いてみたい。
  7. キレイな夜空
    シンプルそうに見えてシンプルじゃない曲ですね。こういう曲ってアルバムで重要だなって感じね。サビへの持って生き方が上手だな。そしてシンプルに終わるところがまた良い。こういうのって潔さを持つのが結構難しい曲だと思うんだけど、さすが。ちゃんと終わらせる所、尊敬。僕ならダラダラ続けそうだもんな。
  8. 終わりのないブルース
    あれ?そっか。この曲は聞いたことあるぞ。前からやっていた曲だな。しかしギターが変わっただけで、印象が変わる。
    前ギタリストの中尾さんは産地がアメリカ産で、結構ストレートっていうか、まぁイメージ的には70年代前半のジョー・ペリーみたいな音が好みだったみたいだけど(個人的な感想ね)、白石さんは多分産地がイギリスより何じゃないかな?って思うのね。ある意味「え、この音使ってかっこいいから良くね?」みたいな判断ができる。どっちが良いって話ではなくて、僕の中ではそんな相違点があるかな。
    そしてそれがこの曲における僕の印象の違いを生み出しているんだなーって感じ。
  9. ディスコナイト
    これ僕の中で名曲だな。たぶん。今までとこれからがいろんな意味で入っている。ここから次に行けるし家にも戻れる。これからのヤンキーズのホームグラウンド的な曲なんじゃなかろうか?アルバム中での融合度が最高。
  10. ONE
    これも僕が知っている曲ですね。以前からやっていた、名曲。だけどま、知っている曲だしあえて何か書きたいことはないかな。
  11. 恋の歌
    いや、まぁこう言ったらなんだけど。最後こういう曲かー。若いな。蒼い。葵。青い。ギターのオブリガードとか、やっちゃいけないラインに少しかかっている感じ。でも重要なのはそれなんだろうな。多分。
    嬉しくなりますよね。先輩がこれやってくれると、まだ俺もこれやって良いかな?って思いますよね。最後は楽しく聞けばいいだけの一曲。

って感じで、まだアルバム一回しか聞いてませんが。

元気出たし、いつかライブ見れたら良いな。そん時まで僕自身も青くいたいものです。

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一年過ぎます

最後に書いてからどれくらい経つかわかりませんが。
一年が終わります。

やりたいこととかまぁあるけど、現在2017年12月31日22時16分、今更なんかやるより、なんか残しておこうかなと思う次第です。

今年僕はどんな成長をしたんだろう?って考えた時、結構成長したなって思うんです。
ここ数年では珍しく、よくなった部分が結構あるんですよね。

一つは体力がついた。
僕らの年令になると、もうあまり体力が伸びるという事はないんだろうけど、それでもこれから生きていく上でとても重要なのは体力なんだと思うんです。
頭の回転とかも絶対体力が元になってるって、年を取ればわかる。

すこしだけ我慢強くもなったと思う。いや、前から我慢もしていたけど。
あと適当さも少しだけ上手になった。

すべてに置いて本のちょっとずつなんだけど、成長したなって思えた一年だったなと。ま、思い返せばそうだったってだけの話で、もちろん絶好調ってわけでもないし、落ち込むことのほうが多い一年でしたが。
来年は早々から勝負です。

残り少ない人生、精一杯生きていくために、今年一年の頑張りがあったからよかったなって一年になるはずです。

皆様良いお年を。

皆様ありがとう。

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そして短絡的、暴力的になる

思考停止になるとだんだん人の行動が変なものに見えてきて、希望とかがどんどん失われていく。
そしてなんで生きているんだろうとか考え出す。

しかし、ここで間違ってはいけないのは決して「死にたい」と本気で思っているわけではない。
死にたいっていいたい願望があらわれているに過ぎない。

しかし決して普通な状態ではないし気をつけないといけない。

そして生きている意味がわからないと言い出すと「死ぬ」か「殺す」かみたいな二項対立が出来上がったりする。

その後はどちらを選ぶか。わからないけど。

この状況からうまく抜け出せる人もいれば、抜け出せない人もいる。

それは何の差かというと、大体は周りに助けようとする人がいるかどうかだろう。

結局誰かに依存して、生きている。

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なぜここまで思考停止してしまう自分ができあがったかを考える。

これは特に調査した結果や一般論ではなくて、僕自身の話である。ただこのまったくもって個人的な思考プロセスが、他人にも当てはまるではないかと思う。
また思考停止はそれがどの段階で現れるかにもよるが、以前よりもプロセス的にも物理的にも早い段階で思考停止に至るのではないかと思っている。というのも、思考停止が起こりうる状況は別に今の時代だからあるわけではなく、突き詰めて考えると最後はそうなるのではないか?と言う前提が私の中であるからだ。
ただ、そんなに簡単に思考停止に陥る状況があったかというとそうではなくて、やっぱりそこはどうにか頭を働かせて乗り越えて言った気がする。

じゃ、なぜ思考停止に陥るかというと、個人が意見をもち始めたことが理由なんだろうと思う。ポジティブに考えるともちろんいいことだし、良い方向に進むという前提で考えると多分歴史的に見て今がただの過渡期なだけであると思われる。ただ、その過渡期だからこそ人々は解を求めにくくなり、そしてそれが高い壁となり放棄するのであろう。じゃ、その壁って何か?というと、意見の相違であることは言わずもがななんだが、その意見の相違って言うのが混沌としていて、その意見の持ち主が思っている違いが結局のところ自分でも良くわからない違いとなって存在していて、これが話し合いとなると双方実はなにを話し合っているのかわからない、論点がずれると言った状況が生まれる、生まれやすいんだろうと思う。こうなると「考えるのが嫌になる」状況が生まれる。
じゃその相違が以前と何が違うかって言うと、大まかな違いか、僕からしたら「どーでもいい」小さな違いを指しているのかなのかなと思う。もちろん現在の相違が後者。小さい相違なのに壁としてはどんどん高くなる、そしてその壁は強固ではないが、分厚い。まるで砂を高く盛っただけの境界線があるみたいな。
極端な例だが「人を殺していい」「殺してはダメ」を話し合う方が「人を殺していいが尖ったナイフで一刺しに殺すのだけが許される」って意見と「人を殺していいが尖ったナイフで2,3回指して殺すことだけが許される」と言う意見が対立した時、もう多分自分の意見の正当性がなんなのかわからなくて、とにかく自分の意見に固執するだけに終始する状況が生まれるのではないか?いや、もっと言うと途中で「前提として人殺すのだめだろ」って意見に戻らないとおかしいんだけどそこにすらたどり着かない。

さて、なんでこんな状況が生まれてきたんだろうって考えると、それはやっぱり先行きの不安感と、それを助長するまたはそこに対しての解決策を提示してくれる(と勝手に信じている)情報量の多さだと思う。ま、不安が先か情報が先かはよくわからないしちょっと置いとく。そしてその情報を受取るツールが同時に拡散装置となっているから、実はもう自分で考える必要がなくなってきている(と勘違いしている)状況があるわけだ。そうそれがインターネッツ!

先行きの不安感を何で解決するか。それは仲間を作ることと思っているフシがある。いや、仲間大切だけどさ。じゃ、仲間ってどうやったらできるの?手っ取り早いのは自分が上のポジション、それもちょっと上に立つことなんだろうね。マウンティングすれば、そいつはマウンティングしている人を尊敬する。人間いつの時代だって実は人から認められるってのはすごいことで誰でも悩んでいたんだと思う。承認欲求って昔からあった。でも今は安っぽい承認が簡単に得られるから、どんどんそれが助長していくのだろう。簡単な承認が得られるから、自分の意見なんて軽くていい。変なスピード感を求められるから、薄っぺらになる。そのスピード感もあたかもそれが今後の成長に不活化のようにまさに情報によってその考えが助長されていくけど、人間の清涼スピードなんて対して早くはなくてもう気付いたら、受け取る情報を横流しするだけで精一杯になってきている。ベルトコンベアーの端では商品が沢山落ちている状況なんだよね。

さて、話がそれているのかどうかわからないけど。こういう状況なので、意見が噛み合わないっていうか、ちょっと深まった議論をしようとするとそれに対しての「思考的余裕」「時間的余裕」がないから議論にならない。思考を停止する。

あと、偏ったステレオタイプが多いと、その先の相手の答えがわかっていると言う錯覚を自分が勝手にしてしまうために、思考を停止することがある。

一番多いのが、もう前提条件が違いすぎてっていうか相手に前提条件がないんじゃないか?ってところから話が始まって、もう自分のキャパを超えてしまって思考停止。

まー、とにかく。ちょっと人のせいにしている書き方だけど、いや人のせいにしているけど。とにかくもう、相手の立場とかにたって考えるほどの心の余裕がなくなってきていて「もういいや。」で済ましてしまう。

本音を言うと議論を投げ出したり、思考停止に陥ったりするのは良くない事だって自分自身は思っているし、まだ余裕があるうちはなるべく話をしたい・

でもSNS見てると、やっぱり「あーこういう意見を言いっぱなしの人はもう見るのも嫌だし」って思うし、そういう意見が増えていっている気がする。

それは正直悲しいし、やっぱりそこで思考停止なわけである。

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約束を守って生きていきたい。

どんなにお金持ちになったって、どんなに高い地位を手に入れたって、どんな名誉をてにいれたって。
僕は約束を守れるような人間になりたい。そうでありたい。

相手が嫌な人でも、約束したならちゃんと果たしたい。
約束を果たすことで、その人が変わるかもしれないし、その力を信じている。

息子にもそういう人間に育ってほしい。

彼の身近な人が、卑しい人間ではないことを祈るばかりだ。

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物語が持つ力に突き動かされる。

最近、結構アニメを見ている。本も読んでいる。

そんな中で最近感動した話を少し。

今更感があるんだろうか?「四月は君の嘘」をアニメで見た。
数年前、無料のマンガアプリで少しだけ読んでいて、「あー、この話なんかいいなー」と思っていたんだけど。
元からあまり漫画は読まないほうで、途中で飽きちゃったのもあって忘れていたんだけど。

ふと「そういやあの話なんだったんだろうか?」って気になって。
で、見てみた。

内容はまー良いとして。
自分自身がキャストと同様な体験なんて皆無なんだけど、一つ一つ違うことに置き換える(または置き換えられると言ったほうが良いかもしれない)と同様な体験があって。
人を信じる強さ、自分の弱さ、立ち向かう姿勢、生きる意味。

正直おもいっきり感動した。

そしてそのアニメの中で出てきた「いちご同盟」が気になって図書館ですぐ借りた。

そしたら、あーなんだって思う部分もあるんだけど、その本も感動して。

生きていると自分に自信がなかったり、挫けそうになったり、投げ出したくなったり。
でも生きたくても生きていけない人も沢山いるわけで。

僕は幸い体だけは元気だ。これって幸せなこと。とても。とっても。
もちろん、短命におわる命が不幸せかというとそれはわからない。
でも、もっと生きたいと思う人が大半だと思う。

そんな人に対して、今の自分の生き方は失礼じゃないかなど考える。

人と比べるものではないかもしれない。でもやっぱり僕は1人で生きているわけではない。
だから、やっぱりそういう意味で死にたいと思う感情は冒涜以外のなんでもないと思う。すくなくとも今の自分にとっては。

だから、今日も苦しみながらも何かを生み出そうとしている。

で、それってごく普通の生き方なんだなと。
決して自分だけが特別なんではなくて、みんなそうやって生きているんだ。

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たまには書いておこう

自分自身もこのサイトのことを忘れていたぐらい、なんにも書く気に馴れずにいますが。
なんか書いてみようと思います。

最近やっていることとして水泳をはじめました。
一回に1000メートル泳ぐことにしています。

個人的に今の悩みは、すぐに頭が混乱すること。
すぐに緊張して、やるべきことの順番がわからなくなる。

でもこれって今更始まったことではなくて、昔からそうだったんだなって思うんです。
それが年々体力の衰えとか、今までいろいろとサボっていたから能力が急激に落ちているんだと思うんです。

ここ数年この悩みに尽きます。

毎週1回はフットサルで極限まで疲れて、水泳でリハビリがてら体をならす。
これに長らく行けていないサーフィンを追加して、体を鍛えることで心を鍛えたいなと思う次第です。

自分自身が今の状況をしっかり把握して、一個一個乗り越えて行くしか生きていく方法ないんだから。

他にも悩みはあるけど、その悩みはとりあえず棚上げです。考えてもしょうがないことだし。
時が解決するとは良く言ったものです。そのとおりかもしれません。

でも、必ず報われる時がくるだろうし、報われなくてもそれはそれで人生だったねって笑って終りを迎えられればそれでよしかな。

でも忘れないでほしい。僕は色んな人に感謝しているし、生きている限り還元していくことを強く誓います。

早寝早起きを今月から始めよう。(人生でこのセリフを何回言ったんだろう。。。)

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気づいたら新緑につつまれている。

あっという間に初夏ですね。
この前まで桜がどうのこうの言っていたのが、ゴールデンウィークの混雑と日差しが相まって、なんとなく暑くなってきました。

特に書きたいことがあるわけでもないんで、適当にいろいろ書いておこうと思います。備忘録的に。

家にいると周りの緑に包まれて、静寂に包まれています。
しかしこの静寂が心に及ぼす影響は消して平穏だけではありません。不安も期待もひっくるめて、色んな思いが去来します。

目標をもって生きていくことが楽しい時と苦しいときとあり、それは同様に目標がないときもその通りです。
目標も小さなものから大きなものまであって、小さいと思っていても大きかったり、大きいと思っていても小さいときもあったりします。

人と付き合うのが大変だけど、人と付き合いたいと思ったりもします。

食べたくないけど、食べないといけないとも思うし、寝たくないけど眠くなったりします。

生きるってそういう矛盾が増えていくことに対処していくことなのかなと思ったりもします。
鬱々とした日を過ごしているかと思えば、晴れやかな気持ちになることもある。

その落差は結構辛かったり。
だから平穏に過ごしたいと思い出す。
でもその平穏って楽しいか?って言うと、今はやっぱり否定するんだろうな。

そんなモラトリアムなお年頃。

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写真が切り取っているものはなんなのか?

僕は写真がまぁまぁ好きです。
写真好きだ!と声を大に言えるほど好きではないし、詳しくもありません。
でも写真を撮るのは好きです。

写真は何を切り取っているんだろうと考えます。
思い出はあくまでも心のなかにあるもので、それは実態としてそこにあるものではなく。
もしかしたらそれはただの思い過ごしかもしれません。
写真はそれを補完してくれるものでしょうか?
そういう機能もあるでしょう。

写真はその場にいあわせない人に自分が見たものを伝える機能もあるでしょう。
しかし実際写真で切り取られたものは私が見たものそのものではありません。
あくまでも一部です。

写真は僕らのなんらかを補完してくれるものでしょうか。
そうであったら嬉しいし、そうであると思います。

僕らは写真を見て、そこに写っていない何かを受け取る。
それは未来への新たな道標になるかもしれません。

少しだけその場の空気を切り取って、見せた人がいい気持ちになる写真が好きです。

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思い通りに行かないことも多々ありますが。

生きていると思い通りに行かないことって沢山あって、それは自然に対してなのか他人に対してなのかなどいろいろありますが。

どっちにしろ、それぞれにおいて理由があって、その立場にたつとそれはごもっともだったりするわけで。

思い通りに行かないと、相手のせいにしたり、もしくは自分のせいにしたりしがちですが、結構どっちのせいでもないっていうか、どっちとも悪かったりというか。
なので相手を責めても自分を責めても解決しないことが多々あるわけで。

そういう時は自然相手であれ人相手であれ、対話が一番の解決につながるんだろうなって思うわけです。

対話はそれはそれで結構怖かったりしますが、それは対話が始まるまでで、それを乗り越えれば解決につながる確率のほうが高くなると思います。

恐れていたら何も始まらないんだなって思う今日このごろです。

本日も良い一日でありますように。

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