そういう歳なんだろう

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悩みや尽きない。されど進め信じる道へ。

周りにはまっすぐに生きている仲間しかいないんじゃないか?ってぐらい、みんな輝いている。ように見える。
とても嬉しく思う。

私42歳、多分平均寿命の半分に差し掛かった頃だろう。
何かを成し遂げたとか、そういったものは見当たらない。でも生きているって感じ。

人は一人で生きていけないし、それでいて一人で生きていかなければならない。頼りつつ頼られつつ、自立しつつ。

自分を客観視する作業を怠ってきたんだなーって思う。ほんと、これっぽっちも。

真面目な性格だから、曲がったことは嫌いだ。でも自分は曲がった、間違ったことをやっていたみたいだ。
間違っていることがわからないことが多い。曲がっていることなんて気づかない。

全部逃げなんだけど。

SNSを眺めていて将来やりたいことを漠然と考えていたんだけど、最近実はやりたいことが一つ見つかった。明確ではないけど、ベクトルはそちらに向いている。
今までは、正直「あれやりたい、これやりたい」で生きてきたし、それでどうにかなった。日本ってすごいね。それで生きてこれたんだもん。

でもそういう時代は終わりに近づいてきている。
僕らが資産を食い潰すわけにはいかない。将来の大人になる子どもたちのためにやれることを。

自分ができることってたかが知れている。
自分しかできないことなんてのも、殆ど無いんじゃないかな。特別な人間ではない。
だから、自分でもできることをしっかりやる。それに尽きる。

日々の生活を一つ一つ整理しながら、一歩一歩階段を上っているところ。段数は多いけど一歩一歩はあまり高くない。
何段飛びもできるほどの能力も無ければ、そういう体力ももはやない。
でも階段を上れるだけの力がまだ残っているし、それは幸せ以外のなんでもない。

悔しさは大事かもしれないけど、人を羨むこと、僻むことは何も生まないって嫌ってほどわかったのがやっとこの歳。

もう12月である。区切りをつけることについて疎かにしてきた。
区切りをつけることを何処かで怖がっていた。そういうことだ。

失敗を恐れてもしょうがない。階段が一段一段低くても躓くときは躓く。それも楽しむ心の余裕をやっと手に入れつつある。
何をいまさらな話だけど、結局そういうこと。

まだまだ甘えて生きているけど、そろそろ少しは方を並べられる人になろう。

そんな気持ちをもってみたら、楽になれるってことも、一つ成長だし、歳をとるのは悪く無い。

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