対人コミュニケーション不全が起こる理由

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コミュニケーションって何の上に成り立っているかって、最低限の相互理解なんですね。
じゃ、何が最低限かって言うと、言語だったり文化だったり。
「つーかー」とか「あうん」とか。まー、実はあんまり説明できないんですが。

日本人にはとても良いコミュニケーションをする資質があったんだろうけど、いつの間にかそういうものは失われてしまったんでしょう。
何が失われたかって、とても簡単で「敬う心」なわけです。

仕事上は指示を出す側と出される側にわかれますが、指示を出す側がいつでも正しいとか、指示を出す側が偉いとか考えている人はどっか行ってください。
偉い偉くないとかが特に最低です。

指示を出される側も然りです。指示を出す側が理解できていないことが多い場合は多々あります。だって専門でやっている人に指示を出すんだから。その時に「バカがなんか言っている」で済ましてはいけません。

お互いが尊重しあって本質以外の所で不快にさせない努力は必要でしょう。
たぶん「つーかー」とか「あうん」は、その上に成り立っている筈です。
(本質の部分は時に不快にさせることがあってもしょうがないとは思います。)

傍若無人に振る舞う姿、支離滅裂な言動。人を不快にさせる要因は多種多様なわけですが。唯一つお互いが分かり合えるものがあります。
「挨拶」「感謝の言葉」「謝罪」。これをなるべく「目を見て話す」に近い状況ですること。少なくともそれに近づける努力をすることで、人に伝わりやすくなります。

間違いが有ることを怒ってもしょうがないですよ。誰だって間違う。
でもそこをリカバリーすること、もっと言うとリカバリーしようと努力する姿勢が一番大切なわけです。

さて、その努力ができない人が増えているっていうのが大きな問題なんですよね。
それって何が理由なんだろう?って考えます。答えはまだ出てきていませんが、ひとつは教育、しつけが果たす役割(学校だけじゃないですよ。)は大きいと考えます。

グローバル化や社会のシステム化がもたらした、もたらす恩恵はきっと沢山あるんだろうけど。失われている部分は多くて、人に気持ち伝える能力の劣化、受け入れる能力の劣化は最たる所だと思います。

新しいものを受け入れつつも大切なモノはちゃんと伝え残す。それが正しい進化なわけです。

誰だって人を不快にさせたいわけではないっていう性善説を信じています。
自分の中でもちゃんとできていないことを書いています。

良い社会を作っていくために、真剣に考えないといけない問題です。

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