父に会いに行った話

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去年の2月、震災前に倒れた父。
現在車椅子生活。
介護は母がメイン。兄が補助。
遠くの姉はできる限り。
末っ子の僕は、どちらかと言うと孫(僕の息子)を連れて行くのがメイン。

父の病状は時期のよって変化する。
いわゆる認知症も患っているわけで、暴れる日とかもある。
ただ、孫だけは父と精神年齢が近いから?か、とても可愛がる。
息子(僕ね)のことはわからなくても孫のことはよく覚えているって感じ。ちなみに妻とかは「どこのお嬢さんがきたんやろか???」って顔して見ている。
僕らの役割は「孫の顔を見せに行く。」こと。

とは言いつつも、母も忘れていたが高齢である。最近は腕が上がらないとかなんとか。
流石に孫の顔を見せているだけで、実家のでのんびりしているのも少し忍びなく感じるこの頃。

先週父に会いに行った。最近は少し笑顔などを見せるようになってきたと言うことだったので、息子をみた時の反応を楽しみに夜中に車を走らせた。

翌日デイサービスから帰ってきた父は、母の言うとおりすこし表情が戻ってきていた。息子だけではなく僕にまで反応してくれるくらい回復していた。ちょっと嬉しくなった。

父が倒れてから、母は変わった。いや変わったって言ったら違うかな。覚悟を決めたように見えた。認識する能力や行動する能力が劣っていても、まだまだ元気な父ともう少し頑張るとよく言うようになった。

実は僕は少しリアリティーがなくて、ああ、父さん倒れたね、ああ、母さん大変ね、ああ、兄さんよろしくね、はい、孫連れていくね!って感じだった。もちろん心配とかはしていたんだけど。あまり重くも考えていなかったし、適当な距離感で接していた。

2日間父と接したんだけど、今回散歩に連れて行ったり、トイレの世話をしたり、お風呂にいれたりした。実はデイサービスから帰ってきた父は、すこし機嫌が悪かったらしい。ただ、色々世話をしている間、とても嬉しそうな表情を見せ続けてくれた。

父は、まぁ厳しかった。怖かった。ある一定の年齢までは。
まさか僕が父のいろんな世話をするなんて考えてもいなかったし、倒れてからもあんまり考えていなかった。
でも、僕は父の世話をしたわけだ。そしてそれはとても楽しい仕事だった。
倒れてからずっと、僕のことをあまり認識していなかったのもあるけど、そもそも倒れる前から実際兄弟の中で末っ子の僕は、あまり興味の対象ではなかった。(嫌われてたとかじゃないよ。)僕も好き勝手やってたし。

そんな父が僕がお風呂にいれてあげると、とても嬉しそうな顔をしたわけだ。そんな顔をこの歳になってちゃんと見れたわけだ。

サービス業に従事していた父は、仕事上運動会にきたことなどなかったし、街のソフトボール大会とかその他色々見に来ることなんてなかったし、何かを褒められた記憶もない。あるといえば小学生にもなっていない僕にスキーを教えてくれた、ストックで足をビシビシ叩かれながら泣きながら教えてもらった、そんな父
の姿ぐらいだ。おかげで円形脱毛症になったんだが。

結婚式の時も別にはしゃぐでもなく、「このコンソメスープは美味しい」としか言わなかった父。

今回見せてくれた嬉しそうな顔。僕の認識がすこしかわった。もっと長く生きて欲しいし、できるだけ回復して欲しいし、もっと笑って生きて行って欲しい。

両親のおかげでここまでこれたし、兄弟の助けで家族が成り立っている。こんなに幸せなことってないよねってことを今更強く感じた数日間だった。

父さん、まだまだ楽しく生きてください。

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父に会いに行った話」への2件のフィードバック

  1. とりきち

    一泊から最長2週間宿泊される、いわゆるショートステイでは、職員ひとりで最大20人のかたを16時間勤務の仮眠なしで対応を迫られます。そのため、認知症のかたと接する際、職員がなるべく疲れないようにするにはどうすればよいか?
    という視点からまず認知症ケアをスタートさせます。
    ですので、職員としては正直、自分達が行ったケアが結果的に家族のかたが喜んでくださればよかったというだけで、はじめから家族のかたが喜んでもらえるようにという発想からスタートすることは、夢想家という意味において、人の心をもたない獣たちを野放しにする人権派弁護士なみに
    ありえない話しだと私は思います。

    めちゃくちゃざっくり言わせてもらいますと、病んだ職員にケアを受けてもサービスを受けるお客さまに失礼だからです。

    そんなとこ、つかわなきゃいいじゃん。
    ほっときゃブッつぶれるよ。
    とか思うかもしれませんが、

    需要と供給の関係で、とくに人口の少ない地域においてはお客さまが選べる状況ではないので、普通のサービス業からはちょっと首をかしげるような状況がこの仕事にはあります。

    まず、最低条件を整えるという意味での職員の保護ではありますが、早くその条件をクリアしてあたりまえの状況をつくって、顧客の望むサービスを提供していきたいです。

    参考になりました。
    お父さんが明るく過ごせることを僕も願ってます。

    返信
  2. kasitaku 投稿作成者

    >とりきち

    コメントありがとう。
    多分、ただでさえ大変な仕事なのに、それに従事する人に対してのケアが足りないだけではなく、それに従事する人の年齢構成などにも問題があるのかな?って思ってるんよね。

    実家でも話してたんだけど、やっぱりとりきちみたいな存在は貴重で、兄貴としてのケアが出来る人が必要な世界なんだと思う。でも、賃金的にも体力的にも若者が従事している場合が多いのかな?って感じています。

    都会はまだ経済性の部分で「需要と供給」が成り立っているから少しはマシなのかもしれないけど、地域によっては「供給」が難しいんだろうな?って思ってます。若者(働き手)も少ないのに、老人が多いんだからね。

    福祉ってやっぱり政治に頼らざるをえない部分が大きいよね。特に経済的な部分において。
    もちろん限られた財政の中で、特定の事にだけ予算を割くような事はあってはならないけど、今の社会の中でその予算配分が正しいかどうか?っていうのが、僕にはよくわからない。難しい問題。

    今度また話したいね。ありがと。

    返信

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