さて、タモリのことをそんなにたくさん書けるわけではないし。
ただ、少し思うところがあるんで、書きますね。
我々働いている人間としては、わらっていいともを見た経験って、あまりないんですよね。
長崎に住んでいたから、小学生の時に夕方5時からやっている笑っていいともを見ていた記憶はあるんですが。
まぁ、当然ながらあんまり見たことがないんです。
さて、たかだか一つの番組が終了するだけで、別にタモリにとってはタモリ倶楽部だってあるしとは思うんですが。
やはり32年間やってきた番組が終わるとなると、視聴者側としては「タモリ、これからどうするんだろう?」って普通に思うわけですが。
ま、普通に考えればサラリーマンだって定年あるし、終わりがあるっちゃー終わりがあるんだろうけど。
やはり一抹の寂しさを覚えざるおえません。
タモリってなんだったんだ
さて、そんな全然テレビに詳しくもない、むしろ日頃テレビを真剣に見ない私ですがタモリについて語ってみようと思います。
昔お笑いビッグ3ってあったなーって思ったけど、安定的に面白いのはやっぱりタモリだなーって思いますよね。
ま、それぞれ笑いについてのスタンスが違うんだし、夜のかなも持ち上げ方も違ってくるから、見られる色眼鏡も違うわけだけど。
実は色眼鏡をずっとかけていたタモリが、一番色眼鏡で見られていないってのがなんとなく面白いですね。
自分自身が進んで笑いを作るタイプではないっていうか。
懐の深さを持っていてそれを極めたというか。やったことないけど、合気道タイプの人だったんだろうねって思います。
最近そういう人に惹かれるってのもあるけど、やっぱりすごい人でしたね。
タモリから学ぶこと
で、少しタモリについてどんな人だったんだろう?って興味がでてきたんで、いろいろ見ていたんですけど。
すごいなって思ったのが、この人は先輩にも後輩にも好かれる人だったんだなーってこと。
実はあんまりいなく無いですか?どっちからも好かれる人って。
兄貴分の人は先輩からうざいと思われるだろうし。
先輩から好かれるだけだと、なんとなく後輩からしてみるとただの金魚のフンみたいに見えるし。
でもそれを見事に両立させているタモリってスゲーって思うわけです。
きっとそれに対して努力とかしてないだろうしね。少ししてるのかな。
ま、なんとなく好きなことを合わせているんだろうな。
思い出させるのは赤塚不二夫の弔辞
まるで今回でタモリも見納めだ的な流れになっていますが。
ここ最近でやはり印象に残っているのは、例の弔辞ですよね。
その中で個人的に印象的だったのは
「あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかし、あなたから後悔の言葉や相手を恨む言葉を聞いたことはありません。」
っていう下り。
ここに全てが詰まってますよね。二人の関係、タモリが受けた影響。
僕はこういう大人になりたいなって思わせる芸能人って少ないけど。
タモリっていいなって最近思うんです。
ま、夜の特番も見れないですけどね。