卒業以来に会った友人の変化と普遍性。

先週だっけ?大学卒業以来合っていないサークルの仲間と会った。
Facebookで名指しで会えと言われたので行ってやった(笑)。

そして、思わずいろいろ、話さなくてもいいことまで話せた。
そして確信したのは、僕らは仲間だなってこと。

お互いのこと、そこまで知らなかったんだ!って事

僕らは大学生とは言え、やはりガキだった。
お互いがカッコつけていて、何かを隠しながら自分を大きくみせることに終始していた。
そしてそれが僕らの大学生活だったんだなーと。

それでも、薄々わかっていた本性とかをお互いに認めつつ、表面上はなんてことなく付き合っていた。

そして、その薄々わかっていた本性の裏には実はもっと大きな、人としての凄みというか。
僕にとっては「あ、そんなにすごいことを考えていたのか」「そんなに努力をしていたんだ」ということが隠されていて、僕は心底彼を尊敬した。
そこまでかかるのに大学卒業後17年を要した。
でも、その時間がまた大事だったんだなって思ったのは、僕らが大学時代にお互いがどう思っていたかを話した後だった。

卒業後の頑張りが半端無かった

大学時代に既に僕と彼にはすごい差があったことはわかった。
でもその後がまた凄かった。
僕がたらたらと過ごしていた間、すさまじい戦いをしてきたという話。
正直大学時代に僕は彼をある意味見下していた。
でも、それは彼がそうさせてくれていたって言うか。勝手に僕が偉そうにしていただけで。
彼は誰にも恥じない生活を送っていた様に見えた。
もちろん自分自身にはもっといろいろ有るんだろうけどね。

お互いが心を打ち解け合ったと思える時がとても嬉しくて、話し足りなかった。

彼の話を聞き、僕の現状を伝え、彼の経験からアドバイスを受け、僕は彼に感謝した。
散々真面目な話をした後に、やっと昔みたいなバカ話ができた。

そう、最後にやっぱり馬鹿話ができた。あの時よりももっとバカみたいな話を。
時間が解決してくれるって書くと、僕らの間に問題があったみたいだけど。
もちろん問題があったわけではない。

でも、あえて言うならその言葉がしっくり来るというか。

僕自身にとってこの歳になってわかることが多いなーってわかった。

10年後が楽しみだ。

僕らの学年は多分サークルに15人ぐらいいたはずだけど。
今でもよく会うやつも居れば、今回の彼みたいに卒業後あってない人は多い。
でもそれぞれが過ごした20年近くを僕は知りたいなって思ったし、もっと歳を取って皆で会いたいなって思った。

僕らはやっぱり同じ穴の狢なのだ。
素敵な価値観を共有して、世の中に役だてることができる歳になってきた。

いつも会えるわけではないが、近かろうが遠かろうが僕らがもっといい社会を作っていきたいねってことでさようならした。

いい時間を過ごした。

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