そういう歳なんだろう

悩みや尽きない。されど進め信じる道へ。

周りにはまっすぐに生きている仲間しかいないんじゃないか?ってぐらい、みんな輝いている。ように見える。
とても嬉しく思う。

私42歳、多分平均寿命の半分に差し掛かった頃だろう。
何かを成し遂げたとか、そういったものは見当たらない。でも生きているって感じ。

人は一人で生きていけないし、それでいて一人で生きていかなければならない。頼りつつ頼られつつ、自立しつつ。

自分を客観視する作業を怠ってきたんだなーって思う。ほんと、これっぽっちも。

真面目な性格だから、曲がったことは嫌いだ。でも自分は曲がった、間違ったことをやっていたみたいだ。
間違っていることがわからないことが多い。曲がっていることなんて気づかない。

全部逃げなんだけど。

SNSを眺めていて将来やりたいことを漠然と考えていたんだけど、最近実はやりたいことが一つ見つかった。明確ではないけど、ベクトルはそちらに向いている。
今までは、正直「あれやりたい、これやりたい」で生きてきたし、それでどうにかなった。日本ってすごいね。それで生きてこれたんだもん。

でもそういう時代は終わりに近づいてきている。
僕らが資産を食い潰すわけにはいかない。将来の大人になる子どもたちのためにやれることを。

自分ができることってたかが知れている。
自分しかできないことなんてのも、殆ど無いんじゃないかな。特別な人間ではない。
だから、自分でもできることをしっかりやる。それに尽きる。

日々の生活を一つ一つ整理しながら、一歩一歩階段を上っているところ。段数は多いけど一歩一歩はあまり高くない。
何段飛びもできるほどの能力も無ければ、そういう体力ももはやない。
でも階段を上れるだけの力がまだ残っているし、それは幸せ以外のなんでもない。

悔しさは大事かもしれないけど、人を羨むこと、僻むことは何も生まないって嫌ってほどわかったのがやっとこの歳。

もう12月である。区切りをつけることについて疎かにしてきた。
区切りをつけることを何処かで怖がっていた。そういうことだ。

失敗を恐れてもしょうがない。階段が一段一段低くても躓くときは躓く。それも楽しむ心の余裕をやっと手に入れつつある。
何をいまさらな話だけど、結局そういうこと。

まだまだ甘えて生きているけど、そろそろ少しは方を並べられる人になろう。

そんな気持ちをもってみたら、楽になれるってことも、一つ成長だし、歳をとるのは悪く無い。

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コンテクストとキーワード

例えば「殺す」って言葉を聞いて「えーこっちゃ!」と思う人はまずいないと思う。
「殺したい」についてもやっぱり「えーこっちゃ!」と思う人はそんなにいないだろう。

でも確実にその2つにおいて、人々が受け取る感覚に差がある。

「殺す」という意思をもった経験がある人はそんなにいないだろう。しかし「殺したい」という気持ちを少しでも抱いた経験がある人は一定数いるのではないか?

ちょっと選んだ言葉が極端すぎる気もするんだけど、言葉はそれ自体が持つイメージがまずある。
しかし、文脈の中でその言葉が使われた時に、果たして人々が持つイメージは同じかというと否だ。

言葉は独り歩きする。コンテクストを省いて独り歩きする。
これはとても怖いことで、「好き」「嫌い」だけが独り歩きすることで、人々が憎悪や悪意なりを抱かせる場合が多々ある。

人間の関係性は当然ながら複数でしか成立し得ないわけだが、片方の意見は残念ながらコンテクストとして正しいとは言えず「キーワード」が独り歩きする要因になる。伝言ゲームは不完全だ。
もちろん全文脈を理解しようと言う話ではない。やっぱり「殺す」という行為が良くないということは間違いない。

ただ、当事者でない人たちがそれにおいて、少ないキーワードのみでジャッジを下すことによる世論の形成はとても怖い。
そういう意味でメディアの責任は当然あるし、受け取り手においても試されている時代ではある。

情報を受け取っただけでストレスを受ける時代である。

SNSで気楽に発信、コメントできる今の時代、自分自身思うところがある。
どう考えても無駄なことに対してコメントしてしまうことがあるし、嫌な意見に対して「こいつをどうにか叩きのめしてやりたい」と思ったりしてしまう。

そういう時は、とにかく何も書かないことに決めている。
一つ目は嫌な相手に対して書くことのストレスを避けたい。
二つ目は相手の意見の本当のところは、実はわかっていないのではないか?ってこと。

ネットで意見を書くことは僕はいいことだと思っている。
時に拙い内容で書いてしまうこともあるだろうし、伝わりきらないこともあると思う。
ただ、自分自身においては建設的な意見交換をするという意志のもと書くべきだろう。

その気持を持ちうるぐらいの平和と自由を持っていたいし、それは相手への配慮でありキーワードのみに惑わされない日々の自分自身の思慮だと思う。

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人生リカバリー期間に入る

とても簡単で、もしかしたらそんなこと当たり前じゃないか?ってことかもしれない。

最近一番大事だと思っていること。それは失敗を恐れるなってこと。

僕は今までの人生、とにかく失敗を恐れて生きてきた。とにかく失敗しないように。で、いろいろ大きい失敗をしてしょぼんとする。僕はみんなができることがほんとできない。ちょっとした我慢とかできない。なんでも投げ出す性格だ。継続して、少しずつ成長とか大嫌いだった。だいたいのことは、それぐらい俺でもできるさという態度をとってきた。結局逃げてきただけだった。

そして今、どんどん自分が萎んでいるのがわかる。今考えると、あそこであと少しやっておけばということが山ほどある。小さいことでいうとギターの練習とかほんとそう。だいたいのところでOKを出してしまう。仕事に関しても真面目に絞り出すなんて事は何一つやってこなかった。

という現状が嫌だなって思って、最近一つ試みていることがある。
まずは失敗してみようと。いきなり大きめの失敗をしてもまた凹んでしまう。だから小さい失敗をたくさんしようと思ったわけだ。要はチャレンジしようということだ。

失敗が大事なわけではなくて、失敗を活かすかどうか。それが大事なわけだ。抱えられない失敗をしてもしょうがない。だからリカバリーできる失敗を沢山して、それを一個一個克服していくことにしている。そう、むしろ失敗することを楽しめと。

僕は極端に緊張に弱い。心拍数がどんどん上がっていく。心の体力がない。体の体力もない。どちらも鍛えればいいだけだということを最近気づいた。もっと言うと状況を楽しめということ。スポーツでよく言われることだけど。一度克服できたことは、ある一定期間は自分のものになるはずだ。そこは根拠はなく信じている。

そして、その先には自分を、熱が出るくらい、ぶっ倒れるくらい追い込む事も考えている。頭も体もヒリヒリするぐらいやりきる。あと一歩、そしてあと一歩、そんでもってあと一歩。その気持ちを大事にしたい。

あとはバランス。追い込む時は追い込めば良いが、それだけでは心が病むのはその通りなんだけど、どちらかと言うと「失敗を楽しむ」ためのクリエイティビティがなくなる。これも大事にしたい。

そんな所信表明みたいなことを書いてみた。

こう言う考え方を持ち始めて、周りの人の素晴らしさが今まで以上にわかる。

それも一つ嬉しいことだったりする。

みんなに少しでも追いつきたいと切に願う今日この頃です。

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日々雑感(24/10/2015)

いろんなニュースありますね。
ハロウィーンとやらもあるみたいです。

全然違う世界で生きていると感じますが、すべてがつながっているんだなとも感じます。

軽減税率について

それなによ?って思って少し調べたりしました。
僕の認識では生活必需品と贅沢品で税率変えますよって話みたいです。(あたってますよね?)

軽減税率の是非については、大きく「低所得者層」にとって、有利なのかどうか?って言うのが焦点なんだろうなって思ってます。

ま、それは置いといて。

軽減税率と言っても、実際は全体的に税率が上がるわけだから、結局のところ税負担は増えるってのは当たり前の話だよって部分が何となく話の中で抜けているなっていうのと、全体的に税率が上がった場合に、軽減税率が適応される商品が現状の家計においてどれくらいの値を占めるのか?って言うのを各々が知っているか?って部分が疑問に思います。

そのパーセンテージを考えると、おそらく(確証になるデータをまじまじとみたわけでは無いですが)実は軽減税率を導入しようが、家計負担における税負担はあまり変わらないのではないかな?って思っています。

先に書いた低所得者と高所得者における税負担の恩恵は、もしかしたら高所得者のほうが恩恵受ける気もしますよね。だって言うても消費の中でそんなに贅沢品が占める割合大きくないっしょ。

あとは、導入にあたるコストがどれくらいかかるのか?ってのは気になるところですよね。

なんでもそうですが導入コストってばかにならないし、癒着も出るでしょうしね。

マイナンバーについて

マイナンバーってなによ?って思って少し調べたりしてみました。
僕の認識では、「私の番号」ってことですね。いや、誰も訳せって言ってないって。

国民一人一人を認識するナンバー。
これ、きっと有用に使えばとても良いものだろうと思うんです。性善説をもとに運用されれば。
医療や介護の分野で、適切に運用できるのであれば、今の電子カルテとかを通り越してもっと有用なものになる気もします。

これも軽減税率と一緒で導入コストはかかると思います。ただ、まぁ。これに関しては初期導入費用に対して、運用コストを比較するとまぁ導入したほうが良いような気もしますよね。
あくまでもコスト面。

性善説と書きましたが。たかだか番号なので、悪用の仕方がいろいろあると思うんです。
どうやら初期段階では単純に番号が送られてくるだけみたいですね。どうやって管理するんだろう。
普通に考えると財布に入れるとかになるんだろうけどさ。もっともやっては行けないパターンなんだろうけど。

でも実際免許証とクレジットカードは同じ財布に入っている人が大半だろうし。

でもって、マイナンバー、有効だろうなって思うんだけど、なんか不安はありますよね。
ってことで、よくわからん。

ってことで、いろいろあるけど。

現実って善悪混同なわけで、善意に漬け込む人は沢山いるし、悪意がなくてもそれが悪とみなされる場合は沢山あるし。
そんなん考えなくていい社会はありえんものやろか。

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涙もろくていいじゃない

大切な友人に会いにってきました。一緒にバンドをやっていた仲間です。
奥さんにとてもよくしてもらい、子どもたちに付きまとわれて、相変わらず子どもにはモテるなーと悩みました。嬉しい限りです。

友人と話していて、一番良かったこと。
僕と彼は、各々の思想において異なる部分が大きいんです。
それでもそれぞれの話を聞き、納得しながら、最終的に求めていることは一緒だよね!って笑い会いました。で、最後は音楽一緒に演奏して満足して帰ってきました。

その後帰りの電車で共通の友人と連絡を取り合いました。彼も一緒にバンドをやっていた友人です。
今までお互い伝えてこなかったことを伝え合い、彼は僕に一遍の詩を送ってくれました。

最終的に友人二人に元気と勇気をもらいました。
電車で携帯を眺めている僕は、少し涙が出ました。

こういうことってあるんだなってことが、ここ最近多いです。
音楽聞いて泣くとか、友人に元気づけられて泣くとか。

泣くってことは、案外良いことだなって思うようになりました。

心が洗われるって言葉がすっと入ってきます。
なにも片意地張って生きていくだけが能じゃないって思えるようになりました。
ナイーブすぎた自分が少しだけ強くなれた気がするのも、涙のおかげかも知れません。

「思い出を振り返る権利が年配者にはある」とヘルマン・ヘッセが言ったらしく。
いやいや、まだまだそんなに老けこむ年齢ではないよと言いつつも、確実に年端を重ねているんですね。

受け入れることにはそれなりにエネルギーが必要です。
エネルギーって、ある基準点からの相対的な距離で表せるわけです。
どこに基準点を設けるのか。
じつはそれで楽になる部分もあるし、苦しくなる部分もある。

そしてその基準点は自分で設定できるってことに気がついたわけです。
いや、むしろ自分でしか設定できないって気づいたんですよね。
これは実は大きい。

なんのかんの言って一人で生きているわけではないので、当然ながら他人を意識するし、もちろん助けあいながら生きているんですが。
まぁそれでも、やっぱり最後は自分が決める権利を持っているわけで。

大事なことが沢山あるけど、それをやるかやらないかも自分で決められる。
自分で決めなきゃいけないではなくて、自分で決められる。

この思考のシフトは、自分自身にいろんな発見をもたらしていて、いい方向に進んでいることを実感しています。

なんか、俺は宗教家みたいだな。。。

まぁ、いいや。

ま、そんなこんなで涙も沢山流したことだし、また一歩一歩進みたいと思う所存です。

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日々雑感 2015年9月

夏はどこに行ってしまったんだろうか?って思ってたら今日少しだけ忘れ物取りに来てましたね。

なんて言うか、世の中面倒なことが多いなって思ってたんだけど、結論自分が一番面倒なやつだなって最近やっとわかってきました。

ってことで。

音楽は心を洗いますね

最近は前にも少しFacebookで書きましたが、itunes musicをよく聴いています。
これはまぁ、音楽消えるとかいろいろ僕もうわさ通りのことになりましたが、とてもいいですね。
僕みたいに音楽に対して、好きな曲をいつでも聞きたい、それでいて音の善し悪しとかそこまでわからないって人には特に。

ちょっと語弊があるかな。良い音って多分みんなが聞いてわかるんだと思うんですよ。それは比較の問題として。
ただ、iPhoneだったり、デスクトップ(ノート含む)につないだスピーカーから聞こえる音楽に対してそれは望んでいませんしね。

良い音が力を持っているのか、それともいい曲が力を持っているのか?

ま、そんなところです。

デザインのことはよくわからんが

佐野史郎でしたっけ。佐野日大でしたっけ。
まぁ名前なんてどうでもいいですが、そのデザイナーさん。
ちょっと叩かれすぎなのか、それともあれぐらい叩かれていいものなのか?

私がデザインしたわけではないので、最終的にどっちが正しいかわからんのですが。
正直、オリンピック自体が面倒だなって思ってる方なんですよ。だから、あそこまで炎上しなくてもって思うんですよね。

っていうか、なんかもう疲れないのかな?叩く人たちも含めて。

再度言いますが、僕はデザインのことはわからんし、利権のこともよくわかりません。
あのロゴ一つで大きなお金が動くということはなんとなく想像がつくけど、オリンピック賛成派ではない僕でも、どうせやるなら成功して欲しいし、その成功はロゴによって決まるわけでは絶対ないわけです。

どちらかと言うと、ホスピタリティーが大事なわけだし。

っていっても、まぁオリンピックなんざ経済成長の武器でしかないんだろうけどね。

ついでに国立競技場について

僕はね、ザハの案、別に悪いとは思わんのですよ。
ま、それは本当に直感でしかなくて、ああいう建物あってもいいじゃんって思うだけなんですが。

ただ、きっと問題はプロセスの開示がなされていない、ないしは開示されててもどこにあるのかわからないとかなのかな?って思うんです。

建設業界って団塊の世代の職人さんがいなくなって、単純に人がいないってだけじゃなくて、そもそも技術の継承がなされていない部分があるらしいですね。見て盗め的な。
こんだけ技術が進んでもそういった職人の技術が必要っていうのは、ある意味とてもホッとするというか、人間まだまだやれるな!って思う反面、いまさらそれかよ!って突っ込みたくなる気もします。

職業人口がどんどん減っていく中で、これらの問題はきっと建設業界だけじゃないのかなって思うのと、それと反対に労働力をオートメーションに変えられていくという事実。

オートメーションがもたらす恩恵もあるとは思うし、どちらかと言うといい方向に進めばいいけど、日本って無駄が好きじゃないですか。だから、なんかせっかくの技術も無駄にしそうな気もしますよね。旧態依然とした管理方法が続く限りは。

あ、何が言いたかったんだっけ。まいいや。

あ、松本隆イベント、最高でした。

先月のことですが、松本隆作詞家45周年のコンサートに行ってきました。
案の定泣いた曲と、やっぱり笑った曲と、泣くと思ってたけど泣かなかった曲と、案の定どうでもいい曲とがありました。なかないだろうなって曲でなく曲はありませんでしたが、これはいいや!って驚きはありました。

泣いたのはやっぱりはっぴいえんどのメンバーで演奏した「夏なんです」。
これにはやられた。一曲目から泣いた。

あとこの日のメインイベント、安田成美の「風の谷のナウシカ」。

とても良かったのが吉田美奈子。

可愛かったのが早見優。

演奏陣はまぁ、良かった。

総合的に、僕の今年の夏はこれだった。

でもってデモについて

僕はね、個人的にはデモには行かないんですよ。
理由は面倒臭いっていう言葉を使ってもいいかも。

だからと言ってデモに参加している人を否定しないし、彼らが世の中を少し動かしてくれたりしたら、それには感謝するんですよ。

あ、でもね。こういう風に書くと「お前は参加しないで、いい目だけをみて」っていう意見が出てきそうなのが今のネット社会なんだけど。

それ違うって。

なんか参加しないと恩恵に預かれないみたいな空気がとても重い。
恩恵に預かるって言葉は不適かもな。
ま、でもいいや。

多様化の中で、私がやっているのに貴方はやっていないじゃないかを言い出すと、それぞれがやっていることが良くてもそれは発散こそすれど収束はしないですよ。

認めなくてもいい。無視でもいい。でも否定はもう勘弁。

ソフトランディングが良いかはわからないけど、それもひとつの方法で僕は今の所それを望んでいます。
強いリーダーが必要な部分もあると思うけど、それは大局においてはどうなのかな。必要なこともあるのかな。

はー。
僕にはわからないことばかりだ。

でも、僕は僕なりに前に進む所存でございます。

もう少しさ

優しい社会になってほしいよね。
辛い人にはどんどん辛い社会になっていきそうな予感がします。
もちろんそれに向かっての努力はしているんだけどさ。

なんかおっつかなくなってきた感あり。

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天然酵母からパンを焼いてみた。

初めて天然酵母からパンを作ってみました。
その工程を少し

まずは天然酵母をつくる

4月終わりの事だったかな。
ちょっとしたきっかけで天然酵母を作ってみたいんです。

happt deliを主宰しているお知り合いの梶さんの作業場でみた天然酵母を見せてもらいました。
その場で作り方を聞くととても簡単。
これはやってみないと!ってことで帰りにレーズを買ってすぐにスタートしました。

天然酵母作成
基本、レーズン(コーティングされていないもの)を発砲水の入っていたペットボトルに入れて、水を加えておいておくだけ。
多分、本当は気温の変化等で変わってくるんだろうけど、勝手にある程度温かいところにおいておけばいいかな?ぐらいの勢いでやってみるとこれはビックリ。
プクプクと泡が出てきて、多分4日ぐらいおいてたのかな?、開けてみるととてもいい匂い。

その後さて、どうしようかと思ったまま冷蔵庫に保管してたんですが。

一昨日思い立って、パン作りを開始。

パン種づくり

まずはパン種を作ってみる。
パン種

今回は酵母液と全粒粉を1:1.2の割合で混ぜただけ。
ただ、これ適当で。
そもそも酵母を作る時点で、水の割合とか適当なわけですよ。
だから、どの程度の発酵力かもわからないし。
だから、ここは気分でやり過ごす。

ちなみに酵母液は相変わらず良い香りがしていて、なめてみると少しアルコールっぽい?。
それはそれでやり過ごす!

この混ぜたものを一度お碗に入れてまた発酵待。
今回は涼しかったからかあまり膨らまないなーってことで1日ぐらい置いときました。
日向においたり工夫してたら少し膨らみました。

パン生地づくり

でもって次に第二工程。
ある程度膨らんだ元種に強力粉と水を適当に加える。
ここであとから考えると失敗なんだけど、少し水が多すぎたんですよね。
小麦の量もあまりわからないので、なんとなく元種の1.5倍ぐらい入れたかな。

でまた待。

パン作りの前になぜかベーグルつくる

さて、パン種できたなってことで、なぜかまずはベーグル作ることに。
強力粉をまいたまな板の上でこねこねして、丸めて、沸騰したお湯にどぼーん。
で、すぐにあげてオーブン200度で12分強。

で、出来上がったところで試食。
ふむ。少し硬いっていうか。
水っぽい。

これは少し修正が必要だなってことで強力粉を種に追加。
そして少し時間をおく。

そしてやっとパンを焼く

IMG_1111

オーブンで作ったのは三種類。
ひとつはウインナーまいたの。
ひとつは丸いパン。
最後のはなんとなくクロワッサンをイメージした伸ばして重ねてまいたパン。

余った生地は丸めてフライパンで焼く。

ウインナーのはなんかウインナーの長さに合わせて適当に伸ばして、何回か重ねて。
厚さ3ミリぐらいの生地にしてウインナーに巻いて焼く。

丸いパンは、本当に丸めただけ。

重ねて作ったのはうすーく伸ばして、溶かしたバターをぬって丸めて焼いてみた。

結果と考察

結果的に、パンはとても美味しかったんです。
ドイツパンみたいな硬いパンになったんだけど。
ちゃんと膨らんだし。

バターをぬって重ねたやつとかはおやつみたいになって、カリッとした美味しいぱんだったし、丸いパンは噛めば噛むほど味が出る。
フライパンで焼いたやつも丸パン同様。
ウインナーのやつは、ウインナーからの油が程よく出てきたのかな。また少し違った感じだったんです。

で、考察ってほどではないんだけど。

パン生地における柔らかさは最初はやわらかすぎたんだろなって感じ。
発酵に関しては、もう少し気温が高いと違ったのかも。

ま、一回目だし、まだ比較対象がないからこれからかな。
別にパン屋になるわけでもないんだが。。。

(勝手に思っている)師匠の本で勉強する。

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心って体でできてるんだな

集中力のことをよく考えるんだけど。
っていうか、集中力ないんだけど。

いや、持続力といったほうがいいかな。

いや、取り掛かり力といったほうがいいのかな。

ま、ひっくるめて。
少し考える。

とっかかり力

まずは始めてみる力のこと。

よく仕事も勉強もとりかかるまでに時間がかかるんですが。
無理矢理でもそれをせざる負えない状況を作るのが大事かも。

その時に一番大事なのが「気を紛らわすものを周りから排除する」こと。

これを「脇目をふらない力」としましょうかね。

脇目をふらない力

どうしてもなんか始めようとするとき、例えば仕事しようとパソコン開いてもSNSとか見ちゃったりして。

だから、それをしないためにどうするか。
我慢しかないかな。。。。

ご褒美力を使うのも手かもしれないですね。
これだけやったらちょっと見ていいよ力。
あとひとつは始める前の10分だけいいよとか。

ま、結局我慢しかないかな。。。

持続力

これは結構大丈夫かも。
はじめを進めるとある一定時間、例えば1〜2時間は続けられる。

しかしこの後が難しい。

一旦休んだ後に再度始める力

これが一番むずかしい。
で、気づいたんだけど、これって結構体力の問題なのかもしれないなと。
新たな領域に足を突っ込むときに、一番労力を使うはず。
一度休憩した後に続ける力が、能力の境目なのではないか?と思うわけです。

ってことはだよ、やっぱり体を鍛えるのは大事だなと思った次第。

ルーチンにそれを含める。



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CHECKER BOARDのライブが楽しかった。

昨夜のチェッカーボードでのライブはここ最近で一番楽しいライブでした。
演奏はどうってこと無いライブでしたが。
そこは反省。

久しぶりにあった大事な先輩と会えたり、初めての出会いがあったり、最後はお店で一人になって話し込んでしまいました。

音楽を通じての友人はやはり大きいです。

変な奴もたくさんいます。
昔だったら少し距離をおいたような人も今は仲良くなれます。

歳を重ねるのも悪くない。いやむしろ良い。

そう思える今日このごろです。

セットリスト

  1. 神様からの手紙
  2. Why I olay music
  3. 偶然と必然の間で僕は笑う
  4. I guess I will
  5. 死ぬ前に
  6. 新曲
  7. 道標
  8. 3年前から
  9. サンキューサヨナラ

センエツナガラについて

今回一緒に演奏させてもらった二人はセンエツナガラってバンドのボーカルの人とギターの人なんですが。
バンドでしか見たことがなかった二人ですが、また別の二人が見れて嬉しかったです。

ボーカルの人はいつもよりまじめにやっていた?っていうか。カバーとかもあって「あー、歌心のあるええひとやなー」と思いました。
ギターの人は、悔しいぐらいの飛び道具を出してきて、そのセンスにやられました。

ラグタイムというのかな。彼らの音楽はいい意味でスイングしていて、それでいて日本語も届く。
素敵なバンドです。

ま、僕の文章で伝わるとは思いませんが、ぜひ一度足を運んでみてください。
良いバンドです。

今後について

昨日書きましたが、当分ライブは自粛します。
昨日のライブが楽しくて、「あー、やっぱりライブたのしーわー、続けよかな。」とも思いましたが。
意志の弱さが露呈するのでやめておきます。
調子が出たらまたやろかな。

ま、当分はやりません。
昨日一緒に過ごしていただいた皆様、ありがとうございます。

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ライブ自粛に関して

今日ライブやるんですが。

当分自分で歌うライブは自粛しようと思います。
一番の理由は、それに使っている時間が無いため。

なので、今日は楽しんで演奏したいと思います。

ロックンロールとかブルースとかジャズとか。
ジャパメタとか。

いろんな音楽が世の中にあふれていて、僕は全部いいと思います。
音楽家が食べられなくなってきてる時代みたいですが、僕は演奏家としてはそこに辿りつけていません。

ただ、そこに辿り着けるべき人はきっといて、そういう人が世の中にちゃんとした形で音楽を提示できる社会は素敵だと思います。

今までかかっていた労力を新しい技術を使って、同じように、または今まで以上に人に届けられるようになることで、幸せになれると嬉しいし、僕も新しい音楽に触れて幸せになりたいです。

僕が作る音楽は特に目新しさもなく、自己満足ですが、そういう音楽もまた重要です。

みんなが楽しめる音楽であるために。

そのためには、まず僕がやらないといけないことが他にあるってことです。

また元気に演奏できる日が来ると思いますんで。

その時まで音楽は封印します。

(あと一回決まったライブはあるので、それは演奏します。)

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