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新年早々考えるのは正義についてなんだが

さて、明けましたね。
普通の木曜日でしたね。

僕は昨夜ちょっと夜更かしして、朝眠い目こすって起きて仕事しました。
明日も仕事します。

今夜はカレー食べました。

さて。

正義とかないんじゃね?

正義を持っていない人はいないでしょう。
それぞれが持つ正義。

ただこれってややこして、人によって正義の尺度って違うわけです。
タバコのポイ捨てを絶対しないって言う正義から、殺生した動物は絶対食べないなんて言う人もいて。
でもってこれってどれが正しい訳ではないんです。いや、どれも正しいわけです。
どれも正義。

こうなると、人は自分の正義を振りかざすわけです。
僕なんて振りかざしまくりですよ。

でもね、振りかざしていると、それって正義かい?って話になるんだよね。
ただ単にそれって迷惑なだけになったりするんですよ。

だから、実は正義の尺度とかないんじゃないかな?って思っているんですよ。
概ね正しいと思われそうなことってあるんだろうけど。
例えば殺したらだめとかそうだけど。
でもさ、結局殺して食ってるんだよね。
それはそれじゃん、しょうがないよっていう人がほとんどだろうけどさ。
じゃ、腹減ったら人食っていい?って聞いたらそれはだめっていうよね。

いろいろかんがえているとそんな正義どうでもいいじゃんって想い出すわけです。

正義を振りかざすよりも良いことがある

正義ってさ、所詮はその人しか信じていない自分宗教みたいなもんだからさ。
人に言っても分かってくれないんだよね。
だから僕が思うに、そんなこと口に出してないで行動するしかないんじゃないかな?
でさ、時には人の言うことも嫌々でもいいからちゃんと聞いてみると、それはそれでうまくいくこともあるだろうし。

だからさ。
あんまり頭デッカチにならないで、素直に生きていこうかなって思うわけです。

正義なんて、ちっぽけなもんだよ。

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日々雑感 2014年大晦日

さて、気づいたら長い間書いていませんでした。
久しぶりだけど大したこと書かんよ。

一年って長いですね。
楽しいことも楽しくないことも、喜ばしいことも悲しいことも。
とにかく色々ありました。

まだまだ整理はついていません。

ちょっとネガティブな内容もありますが、適当に読み飛ばしてください。

一喜一憂しないで生きていく

今年思ったこと。
「人はあてにならん。」

僕はかなり人に依存して生きています。
人を頼りにしています。
頼りにしているから、期待しているから、裏切られた感は半端ないんです。

さて。でも僕が勝手に期待しているだけ。勝手に頼りにしているだけです。
冷静に考えると相手は何も悪くないんですよね。裏切ったりしていないんですよね。
勝手に人のせいにしているってのが本当のところです。

嬉しい事がなかったわけではありません。楽しい事もあったし、新たな素敵な出会いも沢山ありました。
ただ。今年一番自分に言い聞かせた言葉は「一喜一憂しない」でした。
嬉しすぎると、喜びすぎると結局勝手に喜びを自分のなかで大きくして、最後に落胆する。そんなのもういい加減辞めたいなって思ってます。
沢山人に尽くして、自分は少し良いことがあれば良いかなぐらいで生きていきたいなと思う今日このごろです。

ま、相変わらず嬉しい事があると浮かれすぎるんですけどね。
妄想も程々にしたいと思います。

いろんな人に出会う

今年は新しい出会いが沢山あったんですよね。
個性的な人々に勇気をもらいました。
沢山笑わせてもらいました。来年も沢山笑わせてもらえることでしょう。
僕が何を提供できるんだろうか。あまり深く考えず、自分なりに無理せず行こうかなと思います。

生きるってことをとにかく考える

さて、年末考えさせられることが2つほど。
一つは父の様態。もう一つは友人の死。

父は日に日に目に見えて終わりに向かっている感はあります。
ま、まだ死なんだろけど。
僕らを育ててくれた父。大好きな父です。
とても尊敬しているし、ちょっとそこら辺にいない変な父です。
コミュニケーションが取れなくなってどれくらいだろう。
でもね、生きているうちは僕らの話は伝わっていると思っています。
最後まで父と話をしたいと思います。

もう一つは友人の突然の死。
本当に突然。こればかりはなんとも言えん。
でも現実です。葬儀に出席した友人達がそれぞれ状況を教えてくれましたが。
僕らがとにかく思ったのは彼の分まで生き抜くこと。
いや、彼の分までじゃないんだよな。
僕らは生を受けたその日から、死ぬ日まで生き続けないといけないんだよ。
後ろ向きなことなんて言ってる暇ないんだよね。

ってことで

なんか本当に駄文ですが。
今年はとにかくいろいろあったし、死にたいと思うことも多々あったわけだけど。

来年も一喜一憂せずに生き抜くことを誓います。

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【映画】Brassed Offを見たよ

ちょっと考えさせられる映画ばかり見てたんで、明るい映画を見たいと思って借りてきたんだけど。これはこれで考えさせられたけど、とても感動した映画でした。

純粋な音楽映画ではないんだよね

あらすじとしては、ある炭鉱町にあるブラスバンドが地域の大会で優勝して、最後はカーネギー・ホールの大会に進む。その過程において、メンバーそれぞれが仕事のこととか、家庭のこととか、病気とかでバンドを続けられるか否か?のところで問題を抱えつつも最終的には良い演奏をしておわるって話なんだけど。

もちろん音楽の素晴らしさが伝わってくるし、そういう映画なんだろうな?って思って見てたら大間違いだったて言う。

ま、僕の見方が浅はかだったってのもあるけど。
時代背景を考えるとなるほどな映画です。

サッチャリズムへの批判

時代はそう、サッチャリズムまっただ中のイギリス。
規制緩和によって官営だった産業が民営化されたことで外国資本が入ってきて、南の金融街は裕福になり、北の街は寂れていく。
どんどん仕事がなくなっていくイギリス人。

もちろん炭鉱ももれなくその中に含まれ、エネルギー政策のなかで当然切られる存在だったわけです。
人々は不安で一杯。音楽なんて演ってられないわけです。

そん中音楽が中心のバンドリーダーはとにかくバンドだけは存続させようとするわけですが。

見事バンドはカーネギー・ホールで優勝します。

しかし彼が語った言葉はずしりときました。
生きていてこその音楽だと。
たかが音楽だと。

なんか今後の日本も同じように仕事がなくなって、格差がどんどん広がって行く気がしますよね。

ちょっと考えさせられました。

たかが音楽、されど音楽

音楽を進めるには、やっぱり生きていないとできないんですよね。
でも生きているだけでも物足りない。音楽は必要なんです。
ま、たまたまここでは音楽だけど。

働くことそのものが生きていくことにおいて「中心」になるような社会が理想なわけで。仕事が食べていくためだけの物だったらちょっとさみしくね?って思うわけです。
あ、食べていくことはとても大事だし、それがあってのってのは重々わかっておりますが。

多分「裕福さ」の尺度がいろいろあって、ちょっと行き過ぎた裕福さが蔓延しているんだろなと。
できれば少しぐらい貧乏になっても良いから、その分を「生きていて楽しい」に回せる社会になってほしいもんですね。

されど仕事は頑張らないとと思う今日このごろです。

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作る作業と覚える作業

最近わかったことなんですが。
あったりまえかもしれませんが以下の作業が結構違うなって思ったんです。

例えでギターを弾くことについて書きますね。
(てか、ギター弾いててわかったことなんだけど。)

作る作業
ギターを弾く場合に、作る作業ってどうしても自分ができる範囲のことで済ませるんですよね。もちろんもっといいものをって気持ちはあるし、考えるんだけど。
結局自分の引き出しから出てくるものがほとんどだったりするわけです。
それはリズムに関してもそう。
だから、ある程度できることに終始するんですよ。

作る作業ばっかりの弊害
これね、ずばり成長がないなと。
って言うのは、上にも書いたとおりできることしかやらないんですよね。
これでいいやって言う感覚になる。
もちろん良いギターを弾けるかもしれないし、いい曲も作れるかもしれないけど、どうしても殻を破れないんですよね。
あと、重要なのはその自分が持っているものって、振り返ってみると実は「覚える作業」の賜物だったりするんですよね。模倣は大事。

覚える作業
さて、覚える作業なんですが。
これは僕自身はとても苦手で。
ま、覚えるって言うよりも「ちゃんと理解する」って言葉が正しいかもしれませんが。
曲を聞いても何となくわかった気になるんです。
「あー、こんぐらいね。はいはい。」って。

でも、良く聞いてみると全然違ったり、ちゃんと弾いてみると全然弾けなかったりするんです。
これ、今更言うとあれなんだけど困りもん。
愕然とするわけですよ。聞いてるのと弾いてみるのでは全然違う。

って事で、僕は苦手な「覚える作業=理解する」のウェートを上げていこうと思うんです。

ギターのみならず
いろんなことにも言えることだけど。
他人が作ったものとか、世の中で目にする物とか。
これ、全部結構凄いものにあふれていますよね。
お笑いだって、いざやってみると全然うけないだろうし、身近な食事だって全然作れない。
だから、もっともっといろんな人に学んでいきたいなって思う今日このごろです。

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日々雑感(2014年10月24日)

あっという間に10月も終わりですね。
ってことは次は11月なんですね。

いろいろ思うところありますが。

SM倶楽部はきっと楽しいよ

俺さ、思うんだけどさ。
国会議員って国税で働いているって言うけどさ。
普通の会社だって領収書でSM倶楽部行ってる奴だっているわけじゃん。
もう、別に良くね?
もちろん議員だからさ、特に国会議員だから国のために頑張れって思うけどさ。
ま、自分の金でいかないところはみみっちいし、次回選挙で落としてやればいいじゃん。

SM倶楽部行ったことないけどさ。行ってみたいしさ。
絶対面白いし、それで喜んで仕事してくれるなら良いよね。
ちゃんと仕事してるのかしら?

国会議員ってさ、ま、議員全般にだけどさ。
自分でて動かす仕事ではないわけでしょ。書類とかは秘書とかブレーンが作っているんでしょ。ま、ぶっちゃけ営業だよね。

別にもうそんなさ、うちわがどうだとかさ。いいじゃん。
人気商売なんだから、別に明治座行ってもいいしさ。

どうせそんなの廃れるって。廃れなかったらそれが日本人の気質ですよ。

リクルート上場

さて、日経平均はどんと下がりつつもリクルート株だけは順調だったみたいですが。
でもさ、今更リクルート何やるのかな?って思いませんか。
オワコンとまでは言わないまでも。
今でも収益としてはしっかりしているだろうけど、上場するってことは何かしら新規事業に向けて資金調達をするというのが常でしょう。
それにしては1000億円ってちょっと少なくない?って気もしますよね。
特に世界に向けてサービスしていくしかない時代ですから。
じゃ、世界に目を向けた時に人材サービスなり、それなりに大きいところがあるんですよね。(あんまり調べてないけど。大前研一に聞いてくれ。)
ま、でもリクルートってまだまだ頑張るんだろうな。

KDDIが仕掛けてくるみたいですね。

今からはIPOよりもM&A時代なんですね。
コングロマリット(笑)っていうんですか?
nanapiだとかと一緒にポータル的なものを作っていくという。
でもさ、今更そういうページ必要ですかね?
スマホを持っていると別の情報今更欲しくない気がするな。

できれば情報をなくしていくようなビジネスがあると面白いかなって思うんだけど。

引篭りサービス。
以下に引きこもって、ぬるま湯に浸かりつつ、楽しいことをやれる社会。
そんでもって好きな人と緩く繋がれる。

ってことは、あんまり情報過多だと辛くなるから、やっぱり実際人と合うサービスになるんだろなと。

ってことで

今後も緩く、そして攻めていくつもりです。
まずはサーフィン頑張ります。あと音楽も頑張ります。
仕事もガンガンやっていきます。

今週末は我が家でヨガパーティーやるので、暇な人は是非来てください。

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【映画】浮雲を見たよ

日本映画強化週間ですかね。
浮雲を見ました。

原作は林芙美子、脚本水木洋子、主演高峰秀子。監督は成瀬巳喜男。
って言っても誰かわかんないです。
高峰秀子はなんとなく有名ですね。でも正直この時代の日本映画はまったく疎い私ですが。
少し勉強気分で見てみました。

高峰秀子という存在感

この映画の見所は高峰秀子に尽きると思います。
始まりと終わりでは別人のような「女」を演じています。
ベタな言い方だと「きれいなのに汚い女を演じる」ことができるというか。
女性がもつ強さ、弱さ、怖さとか(笑)。
人は僅かな人生の中でもいろいろあるんだな。

男のずるさ

主人公の富岡のずるさが面白い映画でしょう。
時代が違うから?かわかんないけど、得にかっこいいわけではない。
でもモテるんですよね。
ま、それは今の時代も一緒なんだろな。
見た目がかっこいいからモテるわけではないんだろうな。

最後は悲しみ

結局最後は悲しい終わり方するんですよね。
あまりこういう映画は得意ではないですが。
でも人生ってこんなもんかもしれませんな。

もう少しこの時代の日本映画を見てみたい。

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ちょっとネタに反応なんだけど。ネットの表現ってこえーな。

とっても無駄なエントリーなんで。適当に読むなり飛ばすなりしてください。

古市憲寿って言う社会学者がなんか炎上してるそうだ。

ここね。

で、彼はこんなツイートをしたんだよね。

もちろん一連のツイートがあるから、これだけでいろいろ判断するのは馬鹿だよね。気になったらeちゃんと読んでね。

さて、それに対して上のリンクの記事では

そして(古市氏は)整形がもっと社会的に認められるべきだと主張した。

って まとめてるんだけどさ。

なんか別に僕はネトウヨでもないし、整形なんてどうでもいいんだけどさ。
「一般的になる=社会的に認められる」ってのがピンと来ないんだよね。
なんでだろって考えてたんだけどさ。

例文を一生懸命作ってみた

スマホの利用が一般的になる。
スマホの利用が社会に認められる。

なんか気持ち悪いんだよね。
別に社会に認められないと使わないもんだろうか。

アフロヘアーが一般的になる。
アフロヘアーが社会に認められる。

一般的にならなくても社会には認められるんじゃないかな?
そーでもないか。

俺は何が言いたいんだ。

なんでわざわざこんなツイートが話題になるかがよくわからんし、別に整形だろうがパーマネントだろうが刺青だろうがやりたきゃやればいいんじゃね?って思うんですけどって部分に引っかかってんだろうね。

仮に友人が整形したら、喜んでいるのであればそれでいいし、後で後悔したらそれまでだろうよ。僕はやらないけどね。

美容整形とか美白とかなんとか。インプラントとかもそうだけど。人はそこまで美しく見せないといけないのかな?って思う反面、まー僕はリーゼント命かけているわけだけど、それを別に誰がやったってどうこう言うもんじゃないって思うんだけどね。
大体社会に認められるってなんだよ。。。

って思って生きているよ、僕は。

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【映画】秋刀魚の味を見たよ

小津作品を沢山見ているわけではありません。
東京物語とお茶漬けの味ぐらいかな。

だから小津作品が好きというわけではないんです。
東京物語が好きなだけです。(もちろん他の作品も見てみるつもりですが。)

さて、今回見た秋刀魚の味は彼の遺作にして若かりし日の岩下志麻が極道の妻ではなく美しい娘として描かれた作品です。

ちょっと感想を。

なんでもない日常と映像美

東京物語でもそうなんですが。
作品の中に大きなテーマがあるわけではないと思うんですよね。
ま、家族がキーワードになるんでしょうけど。
最初から最後まで淡々と会話が進み、淡々と日常が描かれ。
そして最後は主人公がしんみりして終わる。
と言葉で書いてしまうと、全然引き込まれる映画でもないんですが。
で、実際何に引き込まれているかも私自身よくわかっていないんですが。

僕は評論家でもなんでもないし、そんなに映画をたくさん見ているわけでもないんだけど、一つ思ったことは、結局映像から何から完璧なんですよね。だからあまりにも普通に見える。映画って日常を描こうとしてもなんか違和感ありますよね。普通そんなところから台所見ないよ!とか。会話をそんなところから眺めないよとか。

そういった物を一切排除したのが小津作品のもつ特徴なんだろうなって今回気づいたわけです。
小津は演技から作品中の小物、画角全てにおいて自分の言うとおりの物を求めたそうです。その要求はきっと過度な演出をすることで最終的に違和感をなくすことに注力したんだろうなって思うわけです。

究極的に人が作るものは自然にはなりえないんだろうけど、それをとにかく近づけることで美しさを創りだしたんだろうなと。

だから小津作品は美しさが最後まで印象に残るんだと。

切り返しショットの応酬が心地よい

映画的には当時間違った手法と言われてたそうですね。
会話ごとに出演者の顔を真正面から捉える手法。

でもこれってやっぱり笠智衆という、稀代の「演技をしない演者(勝手に命名)」がいてこそかなって思うわけです。

そしてその会話が映画の中心となり話は進んでいきます。
淡々と。

笠智衆は絶対に起こりません。
「おー、そうか」
「あー。」
「ほほう。」

下手すりゃセリフとかこれだけでいいんじゃね?って思います。(言い過ぎだけど。)
流石に他の役者は演じている部分があるんだろうなって思うんですが、笠智衆は演じているんだかなんだかわかんない。小津からは「僕の作品に表情はいらないよ」って言われていたそうです。(出典wikipedia)

どうしても彼が出演してこその小津作品的なイメージが出来上がってますが、別作品も見てみないとな。

日本って美しい

蒲田のヌーベルバーグ、小津安二郎。
彼が描く世界は、やっぱり日本的な家族の美しさなんだろうなって思うわけです。
秋刀魚の味は高度成長期の日本なんだけど、そこに絵描がれるのは変化していく東京という街における家族愛で、それは他の地域にも通じるこの時代の家族の在り方へのアンチテーゼでもあったんだろうな。

ま、時代は変わっていきますけどね。

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今更エレキギターについて思ったこと

先日先輩のライブを見に行き、あーなるほどと思ったりしながら自分の弾くギターのことを考えたりしてたんですね。

SGvoxtele77tele68

ま、ギターだけの話ではないんですが。曲作りも含めていろいろ思ったことがあるんで書いてみます。

今更ですが、自分の弾くギターを変えたい

もうね、20年以上ギター弾いてると、テクニック含めてあまり変わらんのですよ。
いや、意識的に弾かないと変わらないんですよ。
っていうのも、曲作りにも通じるんですが。
リズム然り、フレーズ然り、自分の慣れたものをついつい弾いてしまうんです。
もちろんそれは悪いことではない。人曰く「柏井らしいギター」と言われる部分はそこにあったりするからね。

でもですよ。それが楽しいわけではないんですが、少し飽きてきているのも確かなんです。
気持ち良い部分と、ちょっと飽きた部分。

もちろん今まで引いてきたフレーズ、コードの響きは好きだし、そこに今後の成長がないかと言えば絶対あるはずなんだけど。どうもそこだけを追求する気にはならないのです。

じゃ、どうするか。新しく模倣するしかないんですよね。凡人には。

って事で、改めていろんな曲を聞いて分析してみる。

今まで何年も人の曲をまともにコピーすることをしてきませんでした。自分で曲を作り、自分でフレーズを考え。もちろんそこには今まで聞いてきた音楽の要素が散りばめられていることは確かなんですが。でもそれはあくまで要素であって、そういう曲がどんな構成なのか?なんて考えても来なかったんです。

そして、最近は今まで聞き流してきた曲を分析することにしました。
それも、適当に耳コピするだけじゃなくて構成されているコードをとことん追求してみることに。そしたら2つわかってきたことがあります。

一つ目は自分が作ってきた曲のコード進行が、理論上こういう構成に成り立っていたんだ!って事実と、もうひとつは友人が弾いていたコードが何かわかったこと。

僕が弾くギターとかって、いわゆる3コードが中心になっているんです。でもそこのアレンジで曲はガラッと変わる。
そういうことがわかってくると幅がグッと広がるわけです。今更ながらコードの構成などを確認して、抑え切れないコードを抑える練習など。とても新鮮で面白いわけです。

リズムについて考える

ギター進行、フレーズ以上に染み付いたものが「リズム感」。
自分のやりやすいリズムがあるんです。で、それはそれで良いんだけど、作る曲が全く同じになるんですよね。これ、つまんない。

って事で、なるべく自分が今までやってこなかった曲を練習してみてます。
僕はテレキャスターって言うギターを使っているわけですが、ギター毎に音色があり、それを活かす楽曲をやりたいと思うんですが、それってリズムも結構関係するんだなーってことを今更感じたりしています。

音色について考える

僕は今までエフェクター(ギターの音色を変えるやつ)を全然使わなかったんです。アンプ一発勝負。
もちろんそれはそれで今でも好きだしカッコイイんだけど。曲ごとに会う合わないを真剣に考えたら、結構これって重要ねって思うわけです。沢山の音色を作れれば良いとは思わないし、やっぱり最終的にはあまり使いたくないっていうのもある。でもまぁ最低限というか、ギターそのものの音を出せるという前提で、音色を加える事はありなのかな?って少し思い始めています。って事で最近はコンプレッサー(MXR)と歪(友清氏制作)とフェイザー(Guyatone)を使っています。

ってことで

最終的に何がいいたいかって言うと。
変化を恐れず少し違った道に行ってみてもそれはそれで学ぶことがあるんだなと。

多分、最終的にはまたシンプルなものに戻るんだろうとは思います。

ただ、まだまだ勉強しても良いかなと。

って事でまだまだギターは楽しいし、もっと上手になりたい気持ちです。

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Godfarther PartⅡ、Ⅲを見たよ


ゴッドファーザーⅠは昔見た。
とてもいい映画だった。

そして続けてⅡ、Ⅲを見たわけだが。

まぁ、あらすじ等はWikipediaにお任せするとして感想を。

ⅡとⅢでは話自体違うし評価も違うけど、一緒くたに。

マフィア映画と思ったら大間違い

第一作も含めて、これはやっぱり家族愛の話しなんですよね。家族と自分の生き方。もちろんマフィアと言う特殊な仕事ではあるけど、そこにおける理不尽さは現在の仕事等にも相通じる部分はあるし、それとどう向き合っていくか、愛しているものとの天秤など。

生きるってなんだろう

ここで哲学的な事を書きたいわけではないんだけど。
自分の一番好きな物を失う悲しさの究極は、やはり人の死だと思うんです。
人は老いるもので、いずれは土へと帰っていくわけですが。
でも、その死への過程もいろいろあって、そこまでにその人に対して何が出来たかによってその悲しさ、そしてその後の苦しみは変わってくるんだなと。

人を直接的に殺める場面がたくさん出てくるわけですが、その葛藤はあとまで残り。
そしてその事自体がもたらす他人への悔いも増えていく。

自分が最後に死ぬんだなと思うわけです。最後に。

最後に死ぬ時にどう思って死ぬのか。僕も人生半分ぐらい生きてきたんだなって思うわけです。最近は。

ってことは、僕が死ぬ時にどれだけ悔いが残っているか。あまり悔いを残したくない。
でも現状においてその悔いをどれだけ認識できるか。

それはなかなか難しい事だなと。
でも、僕はまだ生きる。そんな複雑な心境です。

生き方のかっこよさ

この映画ってもちろん残虐なシーンとか満載なんですが。
それとは別に生き方のかっこよさ的な部分も見どころですよね。若かりしデニーロはとてもかっこいいし、もちろんアル・パチーノの立ち姿もかっこいい。ファミリーのために生きる。

今を生きるという意味で、かっこ良く生きたいって言う気持ちは絶対的にあるわけです。
自分の信じる部分と他人の思う部分での乖離って絶対あるわけですよ。特に上記した通り今の自分が将来をどう捉えるかってとてもむずかしい。

今をどう生きるか。どう生きているか。信念を貫いているか。貫くことがいいことなのか。
私自身未だバランスが取れずに生きているわけですが、そういった部分を整理したいなって思うわけです。

最後まで生き抜くことの大切さ

死にたくなるような気持ちになることってあるわけで。
でもそれって答えにはならないですよね。

ゴッドファーザーは二人共生き抜きました。最後は1人で死んでいくわけです。
色んな物を背負って、静かに死んでいく。

人ってそういう存在なんでしょうね。
いつもいつも死に方とか考えて生きていくのが良いとは思いません。目の前の事をやるってことが大事でしょう。

でもたまにはこういう気持ちをどこかにおいておくために、僕の中では大事にしたい映画の一つだなって思いました。

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